2024年12月9日(月)

Wedge OPINION

2021年9月30日

国民の心つかんだ池田内閣の「所得倍増」

 池田勇人という政治家がいた。広島選出の自民党代議士、今回勝利した岸田氏率いる自民党の名門派閥、宏池会の創始者だ。

 1960(昭和35)年、岸信介内閣が、反対運動を押し切って日米安全保障条約を改定、それを見届けて退陣した後を襲って同年から4年余政権を担当した。

 池田内閣の看板政策は「所得倍増」「高度経済成長」――だった。今回、岸田氏が掲げた「令和の所得倍増」構想の原型といっていい。岸田氏は地元の大先輩でもある池田元首相の政策を教科書にしたのかもしれない。

 池田の秘書官だった伊藤昌哉によると、所得倍増は、革命寸前とまで言われた激しい反対運動で生じた国民の亀裂を解消し、暗く落ち込んだ「人心を明るい方向に切り替えよう」という意気込みのあらわれ、いわば〝チェンジ・オブ・ペース〟の試みだった( 『池田勇人 その生と死』伊藤昌哉著、至誠堂)。

 戦災からの復興を果たした時期、額に汗して働けば月給が2倍に増えて先進国の仲間入りができる――。「所得倍増」は一躍流行語となって一世を風靡した。当時小学生だった筆者には、大人たちがこの言葉を口にするとき、〝眉につば〟をつけながらも、やがてやってくるという豊かな時代へと思いをはせているようにみえた。

いまなお郷愁感じさせる「列島改造論」

 〝夢多き政治家〟は池田に限ったことでもない。

 病を得て任期半ばで退陣した池田の後継、佐藤栄作にしても、「沖縄返還なくして戦後は終わらない」という名言は多くの国民の支持、共感を呼んだ。困難な交渉を経て、沖縄県民、日本国民の悲願、歴史に残る大事業を成し遂げた。

 「今太閤」といわれて大衆人気を誇った田中角栄が広げた「日本列島改造論」という〝大風呂敷〟。

 豪雪地帯、新潟出身らしく、日本各地を新幹線、高速道路で結び、東京一極集中を解消、地方の振興を図るという国土再編策だ。72(昭和47)年7月、このプランを引っ提げて首相の座を射止め、ブームを巻き起こした。

 好事魔多し、不動産投機を誘発、土地高騰を引き起こし、田中自身も在任2年余でスキャンダルにより辞任するに及んで挫折した。構想はとん挫したが、半世紀を経たいまなお、「列島改造」という言葉に郷愁を感じる高齢の国民は少なくあるまい。

 最近の例では、安倍晋三前首相の「戦後レジームからの脱却」がある。

 「憲法を頂点とした行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの枠組みを21世紀にふさわしい新たな仕組みにかえていく」(2017=平成29年の野党議員の質問主意書に対する答弁書)というのが公式の見解。


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