習近平政権は、こうした米国の政治状況はもとより、TPP復帰の法的複雑性も読み切っていることは間違いないだろう。中国にとっては米国のTPP復帰は自己のCPTPP加入の決定的な政治的障壁になるだけでなく、ルールの上で著しくハードルが上がることも意味する。
従って、米国が動けないこのタイミングで手を挙げることは、中国にとって最適解だった。これを機に中国は外交圧力を強めるだろうが、日本はカナダ、豪州といった自由主義的で親米のミドルパワーと連携してこれに対峙し、中国のCPTPP加入基準の充足を確保しなければならない。
日本に求められるしたたかな交渉
このような困難な状況において、TPP復帰は期待できないにせよ、依然として米国との連携は極めて重要だ。10月4日の戦略国際問題研究所(CSIS)における講演において、USTRのタイ代表は、昨年1月の米中合意第一段でカバーできなかった中国の産業補助金や国有企業がもたらす競走歪曲について是正を求めると述べ、10月8日の中国・劉鶴副首相との会談においてもこの懸念を中国側に伝えた。こうした米国の対応は、やがて中国の経済体制をより市場主義的でCPTPP適合的に変えていく圧力になりうる。
それには当面日本は時を稼ぐことだ。「一つの中国」を確認した中台1992年合意を受け入れない蔡英文政権の下では、中国は決して台湾のCPTPP加入を認めず、中台加入交渉が膠着すると見られる。交渉が長期に及べば、それだけアメリカが先に戻る、あるいは米中協議の成果が現れる可能性は高まる。
幕末の日露交渉でロシアを手玉に取って開港の圧力をかわした幕臣・川路聖謨に倣い、日本としては、したたかに中国を「ぶらかし」、その間に中国の改革の本気を見極め、米国の復帰を促し、更に中国の協定違反を各締約国が監視・通報できうる制度や紛争解決手続など、CPTPPの履行確保のための制度強化を図ることが肝要だ。