Wedge OPINION

2021年10月12日

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川瀬剛志 (かわせ・つよし)

上智大学法学部教授

上智大学法学部教授。専門は国際経済法。慶應義塾大学法学部卒業、ジョージタウン大学法科大学院修士。経済産業研究所ファカルティ・フェローも務める。著書に『WTO紛争解決手続における履行制度』『地球温暖化対策と国際貿易-排出量取引と国境調整措置をめぐる経済学・法学的分析-』(ともに共編著)。

 中国、台湾の相次ぐ加入申請で「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」をめぐる情勢は混沌としてきた。現在CPTPP域内で最大の経済規模を誇り、また締結にリーダーシップを発揮したことから、日本には、今後「一つの中国」をめぐる中台対立を捌く、極めて重い政治的負担がのしかかる。

 中国の加入申請直後、9月22日のブリンケン米国務長官との会談でも、茂木敏充外相は米国のTPP復帰を促し、10月7日閉幕の日米財界人会議でも、両国経済界が米政府に復帰を働きかける共同声明を発表した。日本の政財界には、「米国がいてくれたら」という思いは、切実だろう。

(William_Potter/gettyimages)

 その頃米国内でも、TPP交渉官を務めたウェンディ・カトラー(アジア社会政策研究所)やジェフリー・ショット(ピーターソン国際経済研究所)といった、日本でもおなじみの「TPP推し」の識者が、米国政府に早期の復帰を促している。

 そうは言っても、この米国のTPP復帰は、単に2017年のトランプ大統領の暴挙をなかったことにすればいい、という簡単な話ではない。政治的にはもちろん、法的にも極めて複雑なパズルを解かないと、その実現は難しい。

米国が合意したTPPとCPTPPは異なる

 我々が「TPP」と言う時、そこには二つの異なる「TPP」がある。一つは現在11カ国で発効しているCPTPP、そしてもう一つが米国を含む12カ国が16年2月に署名したTPP(環太平洋パートナーシップ協定、区別のためTPP12と呼ぶ)である。

 後者は、13 年当時の国内総生産(GDP)で、12カ国合計の85%を占める署名国の批准がないと効力を発生しない。しかし、その60%超を占めていた米国がトランプ政権初日に離脱し、発効の見込みがなくなった。

 そこで日本のイニシアチブにより、残りの11カ国がTPP12の合意内容を実施したが、CPTPPというTPP12とは別の枠組み協定を締結し、そこにTPP12の条文を一定の変更を加えて組み込む変則的な手法を取った。協定の文言こそほとんどをTPP12から借りてきているが、法的にはCPTPPはTPP12と異なる全く別の協定ということになる。

 米国はTPP12の署名国としてこれを批准する資格を持つが、CPTPPは別協定なので、改めて新規加入交渉が必要となる。法的には英国や中台と同じ扱いだ。もちろんベースにTPP12での市場開放の約束があるので加入交渉は他国よりはスムースだろうが、CPTPP締約国が元々のTPP12における米国の関税引き下げやサービス自由化などについて、白地で上積みを求めることも可能になる。

TPP12での米国の要求をどう飲むのか

 特に、CPTPPでは、米国の強い要求でTPP12に挿入した知的財産権保護や投資保護を中心とした30カ条の適用を、部分的・全面的に停止している。これらには最後まで交渉が難航した生物製剤の治験データ保護や、「ミッキーマウスの著作権切れを防ぐため」とも揶揄される著作権保護期間の延長も含まれる。

 また、米国はTPP12締結時に、自動車、労働、農産物貿易などについて、個別の交渉国と二国間のみで適用される権利義務の約束を定めた交換公文(サイドレター)を多数交わしたが、これらもCPTPPには当然引き継がれていない。もし米国がこれら凍結中の条文の復活やサイドレターの再交換を求めれば、CPTPPでは新規の約束とみなされ、米国は現締約国から代償として追加的な譲歩を迫られることになろう。

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