他方、TPP12は未発効だが、署名済みの条約として依然存在している。では米国はTPP12に戻ればいいのではないか、ということになるが、こちらは日本とニュージーランドしか批准しておらず、米国が戻っても、上記のGDP85%要件はまだ充足できない。加えて、発効には12カ国のうち6カ国の批准も必要だ。
そうなると、問題は他の9つの署名国が、CPTPPが発効しているにもかかわらず、TPP12では依然として有効な約束の一部になっている凍結中の30カ条や米国とのサイドレターを受け入れ、TPP12に戻るインセンティブがあるか否かである。また、仮に他の締約国がTPP12に戻るにせよ、日本とニュージーランド以外は改めてTPP12の批准が必要になり、発効までに相応の時間を要する。
複雑化する締約国間の関係
仮に米国の復帰でTPP12が発効したとして、今度はCPTPPとの関係が問題になる。現在のCPTPPは、TPP12の効力発生後の両協定の関係を明確にしていない。
もちろん全CPTPP締約国がTPP12を批准し、CPTPPが終了するのが最も望ましいが、米国が以前合意したTPP12の条件のまま戻るとしても、上記のように凍結中の条文やサイドレターによって義務の水準が上がるため、TPP12復帰に難色を示す国もあるだろう。もしCPTPPが終了できなければ、TPP12と併存するしかない。
では、そうしたTPP12には戻らないCPTPP締約国と、CPTPP未加入のTPP12締約国(つまり米国)の関係はどうなるか。この場合、TPP12とCPTPPは実質的に同内容であるにもかかわらず、TPP12に復帰した米国と、TPP12に復帰しないCPTPP締約国の間では、どちらのルールの適用もない。もし両者間に自由貿易協定(FTA)があればそのFTA、それがなければ世界貿易機関(WTO)協定が適用される。
例えば、メキシコがTPP12に戻らないとすれば、米国とは米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が適用される。一方、米国がTPP12に復帰し、逆にTPP12不参加の英国がCPTPPに加入すると、FTAがない両国間では、WTO協定が適用される。
再交渉も求めている米国
米国はただTPPへ復帰する(上記のように、CPTPPに新規加入、TPP12を批准、の2つの方法があるが、以下まとめて「TPP復帰」とする)だけでなく、バイデン政権は、復帰には再交渉が必要である、と述べている。
昨年の大統領選の際の民主党政策綱領では、今後の通商協定においては、特にUSMCAの条文に基づき、労働、環境、人権に関する実施可能なルールを策定する、と公約している。これを踏まえて、米国通商代表部(USTR)のタイ代表は、特に現行CPTPPの環境章、労働章の再交渉が必要であると公言している。
しかしながら、こうしたルール強化が果たしてCPTPP締約国に受け入れられるかどうかは不透明だ。例えば、USMCAの労働章では、CPTPPのルールから顕著な上積みがあった。
両方とも国際労働機関(ILO)1998年宣言の原則に従って、団結権の保障、児童労働・強制労働や雇用差別の廃絶を求める点では同じだが、USMCAの方が他の締約国の協定違反を立証しやすい規定になっている。また、USMCAでは、企業単位での労働者権利侵害の是正を他の締約国に求めるための特別な紛争解決手続が設けられている。
特にTPP12では、米国はブルネイ、マレーシア、ベトナムと、労働章とは別に、労働法制改革、児童労働・強制労働・人身売買の規制強化などについて、二国間のサイドレターを交わしている。米国のTPP復帰によってこれらのサイドレターによる約束が復活した上に、更にこうしたUSMCA並みのより厳しい労働規律をこれらの国々に引き受けさせることは、難航するだろう。また、米国側もこれらの規律強化を受け入れさせる代わりに、何らかの代償を提示しなければ、協定改正のコンセンサスに至らないだろう。