2024年4月26日(金)

Wedge OPINION

2021年10月12日

米議会からもさまざまな要求もあり得る

 また、TPP枠組みに復帰する場合、米国議会からも改正の要求が出てくることが予想される。2015年の交渉妥結当時、共和党はTPP12の合意内容に対して、例えば生物製剤の不開示試験データの保護期間(8年)が短すぎる、タバコ産業の投資財産への侵害が投資家対国家仲裁(ISDS)で保護されない、などの不満を抱いていた。また、民主党の一部は、TPP12が食品安全に与える影響や、後に触れる緩やかな自動車の原産地規則を理由に、TPP12に反対した。カナダや日本に農産物市場アクセスの上積みを求める声もあった。

 TPP復帰にあたり、共和・民主両党ともにこうした当時の取りこぼしを拾いにくるとなれば、再交渉の範囲は際限なく広がり、米国の復帰はいっそう困難を極める。

米国はそもそも復帰したいのか、また、できるのか

 更に言えば、そもそも米国はTPPに復帰したいのだろうか。トランプ政権は、安全保障条項に基づいて、鉄・アルミ製品の追加関税および自動車に関する課税調査を実施した。また、中国に対しては、18年7月以来、主に知的財産権侵害を理由とした制裁措置として、大幅な関税引き上げを行なった。

 こうした一方的な圧力が功を奏し、米韓FTA改定、USMCAおよび日米貿易協定といった、米国に有利な通商合意の締結に成功している。

 しかし仮にTPPに復帰すると、これらの協定で実現した米国の利益が失われる。例えば、USMCAの原産地規則では、乗用車やSUVをUSMCA産として米国・カナダ・メキシコ間でゼロ関税で取引するには、部品調達や工程の75%を3カ国で調達しなければならない。

 ところがTPP12ではこれが45%にまで下がり、かつ3ヵ国以外のTPP12域内(例えば日本やマレーシア)での調達も合算される。その結果、TPP12基準を満たす自動車は、最終的にゼロ関税で米国に輸入されることになり、米国内に自動車産業を留めることを意図したUSMCAの原産地規則は意味を失う。

 また、日米貿易協定では自動車・自動車部品の関税撤廃は手付かずで、将来の交渉に服するとだけ明記されている。しかし、もし米国がTPP12に復帰すれば、TPP12域内産となる日本産自動車についても、米国は関税撤廃の義務を負う。

さらに立ちはだかる議会承認の壁

 もちろんTPPでは自動車関税の撤廃は時間をかけて行われるが、バイデン大統領は、政策綱領で労働者・中産階級のための通商政策を標榜し、今回の選挙でも自動車産業・鉄鋼産業の集中する中西部で苦戦した。そうであれば、自動車市場の自由化を意味するTPP復帰を、果たして選択できるだろか。

 また、国内法上も米国のTPP復帰は困難だ。米国では、憲法上関税賦課に関する権限を議会が有しており、大統領が苦心して他国と妥結した通商協定を、議会は批准にあたり事後的に自由に修正できる。これでは交渉にならないため、簡易な手続きの下、議会に無修正で協定案の採否のみを決定させる貿易促進権限(TPA)が、期間限定で立法されることがある。

 しかし、2015年に正にTPP12の承認のためにオバマ政権が議会から獲得したTPAが、この6月に失効した。そのため、また議会が新たなTPAを行政府に与えないかぎり、TPP復帰の議会承認は非現実的だろう。

中台加入への影響

 こうした現状をふまえ、米国は中間選挙前には動かないと見るのは、もはや衆目の一致するところだ。昨年11月の習近平国家主席のCPTPP加入表明を受けて、議会からTPP復帰を求める声が上がるも、バイデン政権は、国内競争力への投資なくして新規の通商合意なし、という従来の応答要領を繰り返すばかりだった。

 とはいえ、その国内競争力への投資についても、バイデン政権は1兆ドルインフラ投資法案への民主党内の支持さえまとめきれない。更に、アフガン撤退の失敗、新型コロナウイルス対応、そして移民問題で支持率が低迷する中、政権はTPP復帰に割く政治的リソースに乏しい。中間選挙の結果次第では今政権中のTPP復帰はない可能性もあり、今となっては、バイデン大統領の“America is back!”も虚しく響く。


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