「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2013年1月7日

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岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

しまじいが演じる「サンちゃん」。蚊帳の海一座が秋津小学校の校庭で三夜連続公演した野外劇で。2000年夏。(写真提供・蚊帳の海一座)

 「そうか、それで蚊帳の海一座の役者になったのか!」と、お父さんたちがいいました。

 劇団・蚊帳の海一座も、秋津小学校の1階に設けた地域開放スペースである秋津小学校コミュニティルームに事務局を置く、校区の約7.000の全住民と校区で働く学校や幼稚園から公民館や保育園などの職員も対象に、生涯学習を推進する任意団体の秋津コミュニティに所属する30を越すサークル仲間のひとつです。

 蚊帳の海一座は、22年も前に、秋津小学校が市から3年間の生涯学習の研究指定校になった最終年に千葉県の指定も受け、秋津の子どもや先生から大人たち432人が参加して演じた「創作秋津オペレッタ」に集った親たちを中心に発足した地域劇団なんです。その公演会場は、鳴り物入りで造成した千葉市の幕張メッセの大イベントホールのこけら落としとしてでした。

 その後も蚊帳の海一座は、オリジナルの脚本で毎年定期公演を重ね続けてきました。

 ところが、昨年末の第21回目の公演会場は、それまでの公民館ではなく、な、なんとお風呂屋さん!

 このお風呂屋さんの「三橋湯(みはしゆ)」は、家屋などを解体した廃材でお湯を沸かすことから「お肌にソフトなお湯だわぁ」と評判です。また、廃材とはいえ、まだまだ十分に使える柱や板なども三橋湯には入ります。そんな際は、経営者の三橋七郎おじいちゃんから「良い材木が入ったから取りに来なさい」との電話があり、秋津のお父さんたちはいそいそともらいに行きました。で、秋津小学校の飼育小屋の新築や、余裕教室を低学年用の図書室に改造するなどの資材として使わせていただいてきました。

 もちろん、蚊帳の海一座も、演劇の舞台や道具の資材として、みはし湯から木材をちょくちょくいただいています。

 そんなご縁もあり、秋津の子どもたちをみはし湯に連れて行ったりもします。番台の七郎おじいさんは、「お、よくきたね!」と笑顔で迎え、お菓子をくれたりします。子どもたちもみはし湯が大好きです。お菓子の魅力もあるのでしょうが、何よりも、友だちや大人と列をなしての背中の流しっこが楽しいから。また、今の子どもは生まれた時から家にお風呂があり、銭湯に行ったことがないからです。

廃業から演劇会場へ生まれ変わったみはし湯

 ところが、2011年3月11日に勃発した東日本大震災で、みはし湯の煙突が倒壊しました。そして、それを機に廃業したのです。

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