自らのうつ病に洞察を得て「行動活性化」へ
さて、M.K.さんは、その後私の外来に2週間ごとに受診しつつ、自分の生活への洞察を深めながらより楽しくやりがいのある行動を選んでいく「行動活性化療法」にチャレンジしている。
洞察へのきっかけは、2回目の診察で私が勧めた『I had a black dog, his name was depression.(私は黒い犬を飼っていました。彼の名前は「うつ病」でした)』という、WHOがMatthew Johnstoneの絵本『I Had a Black Dog』をもとに作成した動画だ。
うつ病になることがどんなことか、そうなったらどうしたらいいかについて、やさしく理解を助けてくれる内容で、私はうつ病が考えられる人にはこの動画を見ることを勧めている。英語で話されるが、日本語字幕も設定できる。家族やパートナー・友人がうつ病になった時にどうしたらいいかについての理解を助けてくれる続編『Living with a black dog(黒い犬との生活)』もある。
3回目の診察の始めに私は尋ねた。
「M.K.さん、ブラックドッグの動画はどうでしたか」
M.K.さんはゆっくり語った。
「・・・私が毎日感じてることと同じようなことがたくさんあって・・・ああ私にもブラックドッグがいたんだって・・・」
「なるほど。そう思ったんですね。それに気づいて、どんな感じですか」
「ブラックドッグを飼っている人って、結構いるんだなと思いました」
M.K.さんにわずかに安堵の表情が浮かぶのを認めながら、私は質問を続けた。
「そうですね。それはM.K.さんにとってどんなことを意味しますか」
「なんか、ちょっと、ほっとしました・・・それから・・・」
「それから?・・・」
ちょっと言い淀んでいるM.K.さんを促して、私はしばらく待った。
「・・・助けを求めればいいんだって、思えて・・・」
「その通りです。だからM.K.さんがひと月前にここへ来てくれたのはすごく良かったんです」
「ブラックドッグの動画、姉にも見てもらっていいですか」
「もちろんです。ぜひS.I.さんにも見てもらって、M.K.さんと感想を話し合ったりすることをお薦めします。ブラックドッグの続編もあるので、次回紹介しますね」
「うわ、楽しみです!」
初めて見たM.K.さんの好奇心あふれる笑顔に、こちらも癒されていくのだった。