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2021年11月26日

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唐鎌大輔 (からかま・だいすけ)

みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

2004年慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局を経て、08年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)。著書に『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)など。

 10月4日に発足した岸田文雄政権は経済政策の要諦として「再分配」を掲げ走り出したが、金融所得課税の引き上げなどを嫌気した株式市場から手痛い洗礼を食らい、岸田首相は早々に「当面は触ることは考えていない」と軌道修正を迫られた。

 世界的に再分配による格差是正の必要性が認識されているのは確かだが、政治資源に乏しい発足当初から金融市場に嫌われる展開は避けるに越したことはない。

 とはいえ、そうした金融市場の癇癪を持ち出さずとも、今の日本は成長率の復元に注力するしかない。10月12日に発表された国際通貨基金(IMF)世界経済見通しでは世界経済全体の成長率が引き下げられた。デルタ変異株の感染拡大により供給網が寸断され、需要超過の状況が窮まって物価が上昇していることのマイナス面が出た結果である。

 しかし、その内実に目を向けると日本だけ特異な状況にあることが分かる。今回、先進国では米国、ドイツそして日本の下方修正幅が目立ったが、その理由として、米国は4~6月期の大幅な在庫取り崩しなどが指摘されている。在庫取り崩しは供給制約の影響も当然あるが、力強い需要の結果でもある。

 ドイツは生産活動全般にわたって部品不足が響いており、依然として国内製造業の力が強いことが裏目に出ている。一方、日本は「7月から9月までに発せられた4回目の緊急事態宣言の影響」が指摘されており、世界が直面するリスクとは別の次元で悪化していることが分かる。

 日本の特異性は予測修正の経緯を見ても明らかである。下図は2021年と22年の世界経済見通しに関し、G7諸国に関する予測修正幅(4月→10月)を比較したものである。予測修正幅に関し、21年分を①、22年分を②とした場合、その合計がマイナスになっているのは日本だけだ。

ワクチン接種
「手段」と「目的」の履き違え

 つまり、日本以外の先進国では春先と比較して「予想より調子が良い」というペースで走れているが、日本だけはそうではないという話である。世界はアフター・コロナ時代の悩み(供給網の寸断やインフレ高進、需要超過など)を抱えながらもうまくやっている一方、日本だけはまだコロナ禍に苦しんでいる。

 しかし、その日本のワクチン接種率は10月下旬時点で英国を抜き世界トップ集団に入り、死者数も低水準に抑えられている。では一体何のためにワクチン接種を進めてきたのか。結局、日本には戦略がなかった。

 欧米ではワクチン接種率上昇を「手段」、経済正常化を「目的」として両者を包括的に考える明確な戦略があった。ジョンソン英首相は今年2月時点で4段階のロードマップを提示し、6月には完全な行動制限解除に至ると謳っていた。バイデン米大統領も3月時点で7月4日の独立記念日にはウイルスからも独立すると謳った。これらの戦略はおおむね実現している。

 片や、日本は9月にワクチン接種率で米国を抜き去りながらも緊急事態宣言を漫然と延長した。ワクチン接種率を高めるという「手段」がいつの間にか「目的」化し、経済正常化が放置された。この「手段の目的化」とも言える状態から脱却し、欧米のような成長軌道に乗れるのかどうかが岸田政権に求められる喫緊の課題と言える。

 そのために必要なことは多岐にわたるが、一言で言えば「新規感染者主義からの脱却」と考える。菅義偉前政権はワクチンの調達・接種で実績を上げたが、新規感染者数と支持率がリンクするような状況に押されて退陣を強いられた。

 ウイルスや感染者がゼロになることはない以上、これでは誰が首相でも政権は安定化しない。大袈裟ではなく、退陣表明が2週間遅ければ感染者数の激減を受け菅政権は持続していた可能性もある。

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