2024年11月22日(金)

#財政危機と闘います

2022年2月8日

 なぜ、高齢化の進行が乗数効果を抑制するのかについては、先ほどの乗数効果の説明で挙げたような政府による総需要の増加が民需を誘発して所得を増加させるという流れが保てないからだ。高齢化の進行は、景気の良し悪しにかかわらず固定された所得(年金)で生活している者の割合を高めることに他ならず、所得の増加が消費を増やし、さらに別の人の所得を増やしさらに消費を増やすという乗数効果の好循環の勢いを削いでしまうからだ。

 例えば、若者の消費は所得に依存し、高齢者の消費は所得ではなく年金に依存するとしよう。そして年金は一定の水準で変化しないものとする。

 いま、GDPが800で若者と高齢者の消費の総額(マクロの消費額)が500、若者は全人口の80%、高齢者が残りの20%である経済を考える。このとき、若者の消費は400となり、一定の条件の下では若者の所得が1円増えた場合に何円消費に回るかを示す限界消費性向が0.5となるので、乗数効果は1から限界消費性向を引いた数の逆数であらわされるため、経済全体での乗数効果は2と計算される。つまり、政府が1兆円支出を増額すれば、2兆円GDPが増加することになる。

 次に、高齢化が進行して若者の人口が総人口の40%、高齢者が60%となったとすると、若者の消費は200、そして経済全体の限界消費性向は0.25に低下するため乗数効果も4/3≒1.3と小さくなってしまう。つまり、高齢化が進行する前と同様に政府が1兆円支出を増額させたとしても乗数効果は1.33兆円に過ぎず6700億円も効果が減じてしまっている。

 実際、宮本弘曉(東京都立大学経済経営学部教授)・吉野直行慶應義塾大学名誉教授『高齢化が財政政策の効果に与える影響』(財務省財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』第 145 号、21年)では、経済協力開発機構(OECD)諸国を、高齢化が進んでいるグループと高齢化が進んでいないグループとに分けて乗数効果を推計している。高齢化が進むと財政拡大に対して個人消費と雇用の反応が低下するため、高齢化は財政政策の景気浮揚効果を弱めることを明らかにしている。

 このように、高齢化の進行により乗数効果が落ちてしまうため、景気浮揚もしくは下支え効果を高めるには、予算規模を大きくする以外手がなくなってしまう。こうして予算は、マイナスの乗数効果と高齢化の押し下げ阻止のため、バラマキと揶揄されるレベルにまで肥大化してしまったのだ。

もはやバラマキでも税収増をもたらさない状態

 一方で、バラマキだろうとなんだろうと予算を増やせば景気が回復してその分税収も増えるから、問題はないという立場もある。しかし、乗数効果をもってしても、他の条件が一定ならば、予算の増加額を上回る税収増をもたらすことはない。もし、政府が追加的に使った金額以上に税収が増え続けるのであれば、財政再建など随分前に終了しているはずだ。これは現実とは異なる。

 しかも、日本の場合、財政赤字のうち、景気変動による財政赤字よりも構造的な財政赤字が圧倒的に大きいのが現状であり、財政や社会保障の歳出・歳入構造の改革なくして、景気が少しばかり良くなったからといって、財政赤字が自然に解消されることはあり得ない。

 今年は参院選が行われる。選挙戦を有利に進めたい与党は、コロナの状況いかんにかかわらず、景気にテコ入れしようと、きっと大規模な補正予算を打ってくるに違いない。確かに、今般のコロナ禍のような緊急事態には、機動的な財政運営が必要なのだとしても、危機が去った後もなおエンジンをフルスロットルでふかしバラマキ続ければ、いずれガス欠に直面することになるかもしれないし、場合によってはエンジン自体が破損してしまうのは間違いない。しかも、そのツケを負わされるのは、私たちの子や孫であることも肝に銘じておきたい。

 
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 日本の借金膨張が止まらない。世界一の「債務大国」であるにもかかわらず、新型コロナ対策を理由にした国債発行、予算増額はとどまるところを知らない。だが、際限なく天から降ってくるお金は、日本企業や国民一人ひとりが本来持つ自立の精神を奪い、思考停止へと誘う。このまま突き進めば、将来どのような危機が起こりうるのか。その未来を避ける方策とは。〝打ち出の小槌〟など、現実の世界には存在しない。
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