日本の家計が保有する金融資産を株式等で運用したがらない結果、金融資産が生み出す財産所得(資産所得)が勤労所得などを合わせた総所得に占めるウェイトは小さく、20年度では8.8%と1割にも満たない。米国が18%、EU諸国が12%であるのと比べると、やはり日本の資産所得は小さい。
現在、メガバンクなどの定期預金金利は0.002%であるので、預貯金で資産を倍増しようと思えば3万5000年ほど必要となり、私たちが生きている間には資産が倍増することはなさそうだ。
こうした状況を受けて、岸田首相は(株式)投資による「資産所得倍増」を突如打ち出したものと思われる。
岸田首相としては、2000兆円を超える金融資産を有し、そのうち1100兆円弱の預貯金を持つ家計が、欧米並みに株式などへの投資に振り向ければ、企業に資金が行き渡ることで企業の成長が促され、ひいては株価の上昇や増配を通じて家計にも好影響が及ぶ。さらに家計の消費が活発になり、日本のマクロ経済にも好循環が及ぶとの計算もあるのだろう。
株式市場が嫌いな岸田首相、岸田首相が嫌いな株式市場
しかし、岸田首相のこれまでの株式市場に対する言動を思い起こせば、合点がいかない読者も多いのではないだろうか。「金融所得課税強化」「自社株買い規制」「株主資本主義からの脱却」など、岸田首相は株式市場や投資家を目の敵にしてきた経緯があるからだ。
岸田首相の思惑に乗って株式投資を増やして資産所得が倍増したところで、シティーの演説の中でも、格差是正を挙げているのだから、現在先送りされている金融所得課税が強化され、投資の果実が政府に掠め取られてしまうのではないかと疑心暗鬼に陥る国民や海外投資家も多いのではないか。
こうした反株式市場を掲げ、有効な経済政策を打ち出せていない岸田内閣への株式市場の評価は当然芳しくなく、岸田内閣発足時の21年10月4日には2万9044.47円だった日経平均株価(始値)は傾向的に下落を続け22年5月9日現在では2万6319.34円(終値)へと、1割弱値下がりしている。株式市場は岸田首相が嫌いなようだ。
しかも、家計がいま敢えて企業に対してリスクマネーを供給する意味は実はない。なぜなら、本来、企業は家計から提供された資金を用いて投資をすることで成長を遂げていく存在なのだが、20年以上もの間、投資ではなくせっせと貯蓄を行っているので、お金が余っており、企業の資金需要はそれほど大きくはない。
つまり、家計からの資金供給が足りなくて企業が投資をできず、日本経済の成長が停滞しているわけではなく、日本に有望な投資先がないから企業が投資をしていないのだ。企業に投資を促したいのであれば、政府は、規制緩和を進めるなどして、成長の種をまく必要がある。
政策の一貫性がない岸田内閣
そもそも、21年9月の自民党総裁選で約束した「令和版所得倍増計画」で倍増の対象とされたのは「勤労所得」であり、分配を労働者に厚くし、金融所得への課税を強化することで、行き過ぎた新自由主義を是正し、バブル崩壊以降没落した分厚い中間層を復活させ、日本経済の再建を図るとの筋書きだったはずだ。今年の春闘に際して経営者に要請した「賃上げ3%」もその路線に沿ったものだったのではないのか。