2024年4月19日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2022年6月5日

報道が世論を作る

 朝日新聞が07年6月24日に掲載した『「世論」って』と題する世論調査はこの問題を考える上で極めて重要だ。世論調査に「直感で答える」と答える人が60%で、若い人ほど多い。そして68%は「世論が誘導されている」と感じ、53%はマスメディア、28%はキャスター・コメンテーターが誘導していると答えている。

 考えてみればこれは当然で、東電と政府を信頼できるのか、風評が起こるのか、判断する材料は新聞、テレビの報道しかない。その論調が世論を作っていることを多くの人が自覚しているのだ。

 そのうえで、政府が処理水の海洋放出を決めた翌朝21年4月14日の新聞各紙の見出しを見ると、朝日新聞は「唐突な政治判断 地元反対押し切り」、東京新聞は「政府『安全』 不安拭えず」と政府を批判し、毎日新聞は「風評懸念 漁業者反発」と風評を前面に押し出している。同様の論調は政府の決定以前から続いていたのだが、これを読んだ人が政府と東電を信頼し、風評は起こらないと信じるはずはない。

 報道はこれまでも社会を惑わす世論を作ってきた。例えば牛海綿状脳症(BSE)は日本では極めて小さなリスクだったのだが、人への感染の恐怖と農林水産省への不信をあおる報道を続けて大きなパニックを起こし、畜産業に大打撃を与えた。また科学的な根拠がない全頭検査を日本だけが採用したことについて、これを批判するのではなく、あたかも有効な対策であるような誤報を続けて「全頭検査が牛肉の安全を守る」という国民的な誤解を広げ、これが米国産牛肉輸入再開の最大の障害になった。

 中国産冷凍餃子事件は犯罪者が高濃度の農薬を餃子に注入した犯罪であり、食品安全の問題ではなかった。日本でも同じ犯罪事件が起こったのだが、中国産食品の安全性が低いと誤解させる報道が続き、いまも続く風評被害が発生している。

 「嘘も100回言えば真実となる。」ナチス・ドイツのゲッベルス宣伝大臣の言葉は繰り返し証明されているのだ。

本当の意味で漁業者を救うためには 

 処理水の海洋放出問題の解決とは、漁業関係者の風評被害への不安と、政府や東電に対する人々の不信から解放させることである。政府、東電の信頼回復の努力は最も重要だが、同時に、多くの人が政府、東電に不信感を持ち、風評被害の発生を信じる根拠は一部の新聞とコメンテーターの論調であることを忘れてはいけない。

 かつて筆者はモリカケ問題を執拗に追いかける記者にその理由を尋ねたところ、憲法改正をたくらむ当時の安倍晋三政権を倒すためと答えるのを聞いて、目的のために手段を選ばない姿勢に驚かされた。一部のメディアが海洋放出問題を政府攻撃のために利用しているのでなければいいのだが、もしそうであれば、そのことが漁業関係者を助けるのではなく、逆に不安に陥れ、苦しめていることを理解すべきである。

 報道の論調が変われば世論も変わる。報道がなすべきことは風評被害を起こしてはいけないという世論を全力で誘導することなのだ。

   
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