なぜ、処理水を海洋に放出するのか
処理水は敷地内のタンクに貯蔵しているのだが、タンクは1000基を超え、これ以上設置する場所はない。核燃料デブリの取り出しが終了する30~40年後まで汚染水は出続ける。
その処理について、政府の汚染水処理対策委員会は次の5つの案を検討した。①基準以下に薄めて海に放出。②加熱して蒸気を大気中に放出。③電気分解で水素にして大気中に放出。④地下に注入。⑤セメントなどで固化して地下に埋没。
海洋放出と大気放出は同じ結果になる。大気中の水蒸気は雨や雪になって海に流れ込み、それが蒸発して大気中に戻るという循環を続けるからだ。また電気分解により水素にしても結局は水になるので大きな違いはない。すると、海洋放出と地下埋没のどちらかになる。
地下埋没は高レベル放射性廃棄物の処分法として世界的に認められたもので、米国やフィンランドでは実施されている。しかし日本では引き受ける地域がない。処理水の放射線は桁違いに少ないのだが、「放射能」という言葉に不安を感じる人も多く、引き受ける地域がないことが予測される。
さまざまな条件を検討して委員会が出した結論は海洋放出だった。その費用を比較すると、海洋放出は処分完了までに7年4カ月かかり費用は34億円、蒸発は9年7カ月と349億円、そして地下埋没は8年2カ月と2533億円になる。最も実現の可能性が高く、最も費用が少ないのが海洋放出ということだ。
「反対」が続く理由 中韓は日本批判の材料に
海洋放出に対する反対の理由の一つは安全性に対する懸念である。汚染水に含まれるトリチウム以外の多くの放射性物質をALPSで除去してもゼロにはならず、多少は残る可能性がある。検査を行い基準値以下であることを確認するのだが、それでも反対があるのは東電と政府に対する根強い不信感である。
原発周辺ではトリチウムの影響で白血病が増えたなどという話を信じる人もいる。科学とは検証の蓄積であり、基準値以下のトリチウムが健康被害を起こさないことは繰り返して行われた検証の中で確認されている。正当な科学を否定するうわさ話を信じる背景には、やはり東電と政府に対する不信感なのだ。
中国や韓国も反対している。韓国は政権が交代して「反対しない」というニュースが流されたが、早速、野党が批判して、政府はこれを否定した。そもそも韓国は月城原発と古里原発から、中国は大亜湾原発からトリチウムを海洋放出しているのだが、自国のものは安全で日本のものは危険であるはずがなく、日本批判の材料に使っているにすぎない。
深刻な問題は漁業者が懸念する風評被害である。風評とは根拠のないうわさである。漁業者も処理水の安全性に疑問を持っているわけではないのだが、原発事故後、いくら検査して安全性を確認しても福島の農水産物が深刻な風評被害に遭い、それがやっと落ち着きを見せたときに、再び風評被害が起こることを恐れているのだ。消費者の立場に立っても、事故直後にはいくら安全と言われても福島産を避けたことを非難はできない。
朝日新聞が2020年末に行った世論調査では、海洋放出に賛成は32%、反対は55%、8割以上が風評被害の不安を感じると答えている。漁業者も消費者もそろって風評被害の不安を感じているのだが、もし処理水の安全性の説明を十分に理解し、納得すれば、誤解も風評も起こる余地はない。にもかかわらず誤解と不信が広がった原因はどこにあるのだろうか。