なぜならば卵がぶつかり合えば、どちらか、あるいは両方かが必ず割れる。勝者と敗者に分かれるのはもちろん、もしかすると中途半端なドローに終わるなどして共倒れになってしまうかもしれないと想像していたからだ。
いずれにせよ敗者になった側は、とんでもなく大きなリスクを負う。そういう不安を老婆心ながら想起させられるぐらい、今回実現した世紀の一戦では天心も武尊も自身のメンツだけでなくそれぞれが主戦場とする大きな団体の看板を背負い込んでいた。
下手を打てば、ここまで築き上げてきた伝説もバックボーンも音を立てて崩れ去ってしまうかもしれない。だから、そんな立ち技格闘技の頂上決戦・天心対武尊の実現は鳥肌が立つぐらいに楽しみでありながら、心のどこかに正直なところ「夢のままで終わっていたら、どちらかが敗者にならずに済むのに」と身勝手で余計な心配を抱く自分もいた。
しかしながら「最強」を目指す当人たちにとって、それは杞憂に過ぎなかった。彼らは格闘技者の本能として「一体どちらが強いのか」が分からないまま時が過ぎ去っていくことは絶対に許せなかったのだろう。だから、それこそ「死ぬ覚悟」で「THE MATCH 2022」のメインのリングへ上がった。
実際に決戦前日の会見で武尊は「試合は命の取り合いだと思っているので。負けたら死ぬのと一緒」と凄まじい決意を秘めた胸の内を明かしている。2年3カ月前、KO負けを知らないムエタイ・ラジャダムナン王者ユッタチョンブリーをKOで下した際、彼が「死ぬ気でやってきた」と口にした悲壮な決意の言葉と重なり合った。
完璧に対策をこなす天心と意地を見せる武尊
いよいよ運命のゴング。だが、武尊の目線から見れば、そこには残酷な結末が待ち受けていた。
1ラウンド終了間際に天心は自ら放った左カウンターが武尊の顔面をとらえ、ダウンを奪うことに成功。序盤から打ち合いを望んだのか、右の一発に拘るあまりにモーションが大きくなりがちな武尊に付き合わず、どこまでも冷静に自分の距離を保ちながら右ジャブを繰り出して的確にヒットさせる〝武尊対策〟は完ぺきだった。
積極的に前に出てプレッシャーをかけ、強打を浴びせる武尊のファイトスタイルは天心の緻密な戦術によって、ほぼ完封された。パンチが大きく空を切り、そのタイミングで左右に伸びる天心のジャブを武尊は次々と被弾し続けた。
とにかく武尊はパンチが当たらなかった。天心はスピーディーかつコンパクトな攻撃を仕掛けると、相手のパンチをスウェーイングでかわす変則的なヒットアンドアウェイに徹した。
それでも武尊は意地をみせた。その後は壮絶な打ち合いとなり、終盤では笑みを浮かべながら「もっと来いよ」と言わんばかりに笑みを浮かべるシーンも見られたが、3ラウンドを戦い抜いた末の結果は大差の判定負け――。ただ、つい数分前まで殴り蹴り合い、7年の歳月を経て紆余曲折ありながら決着をつけた勝者・天心と敗者・武尊はお互いに顔をくしゃくしゃにしながら健闘を称え合っていた。