2022年12月6日(火)

家庭医の日常

2022年9月23日

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葛西龍樹 (かっさい・りゅうき)

福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座主任教授

1984年北海道大学医学部卒業。北海道家庭医療学センター設立および所長を経て、2006年から現職。英国家庭医学会 最高名誉正会員・専門医(FRCGP)。日本プライマリ・ケア連合学会監事。著書に『医療大転換 ─日本のプライマリ・ケア革命』(ちくま新書)など多数。

貧困世帯をも救う継続したケアの重要性

 数多くの研究発表、教育講演、シンポジウム、ワークショップがあって盛りだくさんの学術総会の中から、特に印象深かったものについて話したい。

 まず、このロンドンWONCAを主管した開催地の家庭医学会、英国家庭医学会のChair of Council(学会理事長に相当)であるMartin Marshall教授の教育講演。

 彼は、東ロンドンの社会的に恵まれない人たちが多く住む地域で長く家庭医をしている。その地域では、一つの中学校区にフライドチキンの店が何と47軒あるという。

 英国では、フライドチキンが安価で空腹が満たされる食べ物の代表である。だから地域のフライドチキン店に仲間が集まりたむろする。フライドチキンを食べる以外に特に運動をすることもなくその店で長時間過ごす結果、肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常症などが増加する。前回2022年8月の『家庭医が悩む肥満ケア 解決のヒントは映画にあり』でも紹介した、「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health; SDH)」の一つとも言える。

 Martinの教育講演では、そうした地域に住むある貧しい移民で糖尿病をもつ患者と彼の家族との出会いから始まる長年のケアのエピソードを紹介しつつ、家庭医と患者・家族の相互信頼関係に支えられたケア継続の重要性を「Continuity of care matters(ケアの継続性が大事!)」という表現で強調していた。家庭医がある患者に抱く責任感は12カ月で5倍に、5年で16倍に醸成されるという研究結果もある。

 生活習慣とSDHが大きく関与する場合、疾患の治療にそれぞれの治療薬を処方しても根本的な解決にはならない。Martinら家庭医の多職種保健チームがしたことは、地域のスーパーマーケットでどのような食品が売られているかを調べたり、地域で開催されている料理教室を紹介して毎日の健康的な食事づくりへ誘ったりという、実際の生活に根差したアドバイスである。

 「社会的処方(social prescribing)」とも呼ばれる。ただ、それらが奏功したのも、相互の信頼を基盤とした継続した人間関係があったからこそと言える。

プラネタリーヘルス:家庭医の「新たな目標」

 プラネタリーヘルス(planetary health)と呼ばれる地球規模での環境に配慮した活動も、この学術総会での重要なテーマの一つだった。これに関する研究発表、ワークショップなどが多数発表されていた。

 昨年、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、気候変動に関する国連政府間パネルの作業部会報告書(2021 IPCC [Intergovernmental Panel on Climate Change] Working Group 1 Report)を「人類に対するコードレッド(非常事態)」と呼んだことが話題になった。

 「化石燃料の燃焼と森林伐採による温室効果ガスの排出が地球を窒息させ、何十億もの人々を差し迫った危険にさらしている。地球温暖化は地球上のあらゆる地域に影響を及ぼしており、変化の多くは元に戻せなくなっている」と彼の警告は続く。

 ロンドンWONCAでは、アイルランドの家庭医グループが、プラネタリーヘルスを「人間の文明とそれが依拠する自然界の健全性(the health of human civilization and the state of the natural systems on which it depends)」と定義して、それを追究することを世界の家庭医が取り組むべき「新たな目標」として提唱していた。特にWONCAの若手家庭医の国際ネットワークがこの動きをリードしていることが紹介された。

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