2024年5月19日(日)

21世紀の安全保障論

2022年9月28日

 これらを結果として許してしまった一因は、既成のマスメディアにあるのではないだろうか。本来であれば、安倍政権の政策について、左右のイデオロギーを排して〝是々非々〟で評価すべきは、新聞などマスメディアの役割だからだ。

 しかしながら、政権誕生の12年に4400万部近くあった一般紙の発行部数は、20年には3200万部ほどにまで落ち込んでしまった。SNSの興隆とは真逆に部数を激減させた新聞や論壇誌は、自らの論調を支持し、購読する固定読者を失わないために、是々非々ではなく、安倍氏を批判するメディアは徹底的に批判し、支持するメディアは徹底的に擁護した。もちろん是々非々で対応したメディアもあるが、今回の事件はそうした言論空間に包まれた社会の中で起きてしまったと思えてならない。

 事件直後、ツイッターなどのSNS上には、安倍氏の「死」を「自業自得」などと悪意を持って表現し、犯人を称賛する書き込みが多数投稿されていた。

言葉に責任を持つ社会へ

 殺人容疑で送検された山上徹也容疑者は、「宗教団体(世界平和統一家庭連合)によって人生と家族が滅茶苦茶になった」などと供述しているという。そして恨みが宗教団体から安倍氏に置き換わった理由について、21年9月にネット上の動画を視聴したことだとし、同連合の友好団体が開催した集会に安倍氏がビデオメッセージを寄せていたからだ。「動画を見て、安倍氏を殺さないといけないと確信した」と供述しているという。

 恐ろしいのは、宗教団体に恨みがあったとしても、一般市民であった山上容疑者が、安倍氏を攻撃の対象とすることに何のためらいもなかったということだ。ネット上には安倍氏と同連合との関係を指摘するような書き込みもあり、口汚くののしる多くの「安倍批判」が放置されている。SNSの特性であるエコーチェンバーやフィルターバブルによって、そうした自分と同じ意見を持つ投稿に囲まれ続ければ、自分の考えを正当化し、「殺さないといけないと確信する」まで〝洗脳〟されていったことは容易に想像できる。

 同じような意見や考えを持った人同士が、ネット上でコミュニティーを作るSNS。このため異論に対して不寛容になることは以前から指摘され、問題視されてきた。差別や誹謗中傷が幅を利かせ、実名であれば到底口にできないような乱暴で辛辣な言葉が飛び交う。悲劇を繰り返さないためには、憎悪や分断が放置されたままの言論空間を正す、言い換えれば、言葉に責任を持つ社会を構築していくことしかない。

 安倍氏が凶弾に倒れた直後、自民党の平沢勝栄衆院議員は「『安倍氏になら何を言ってもいい』という空気がエスカレートしていったことも考えられる」と記者団に語っている。「何を言ってもいい」が「何をやってもいい」に変わってしまった。

   
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