しかし早さを追求した橋場は、大量の不良品を出すという大失敗も経験している。
「日付と曜日の入っている時計は、それらが変わるタイミングが夜中の12時にならないといけない。プラマイ5分くらいで収まらないといけないんだけど、早くということにこだわりすぎて針の落とし方が雑になっちゃったんでしょうね。実際の日付が変わって1時間後に時計が変わるんじゃ不良品になっちゃう。3本の針を全部外して付け直さなきゃならない。早さだけじゃダメで正確さも求められるんだと、真っ青になりながら身にしみて勉強しました」
入社5年でラインのサブリーダー、7年目にはラインのリーダーに就いた。それまでは個人同士の競争だったのが、ライン対ラインの競争になる。自分が頑張れば目標が達成されるのではなく、ライン全員を動かして全体の効率をどう向上させるかが問われる。
「早い人も遅い人もいる。早い人は手が余り、遅い人の前にはたまる。たまると焦るし、焦ると失敗する。早い人には工程をひとつ多くして手が余らないようにして、遅い人の前にたまらないようにする。失敗せず数をこなすには平常心が大事なんです」
平常心はスムーズな流れを保つことで得られる。工夫する視点が変わり、時計も工程も部分から全体が把握できるようになって仕事はさらに面白くなる。勤続10年を過ぎ、ベテランの域に入った26歳の時、橋場は結婚している。当時は、女性の結婚は退職とセットになっていた時代である。が、夫と話し合って仕事を続ける道を選んだ橋場が「本当に大変だった」と述懐する試練は子どもを授かったときから始まった。
当時は、産前産後合わせての出産休暇だけ。今のような育児休業の制度もなかった。出産直前まで働き、まだ首も据わらない乳児を預けて産後1カ月ほどで職場復帰をはたさなければならないのである。
「私のちょっと前に出産した人が、せめて首が据わるまで休ませてほしいと願い出たんですが、休暇を延長するならパートになるか辞めるかだと言われ、その人は辞めたんです。だから休暇は延ばせないと知っていました。生まれる前から必死に保育園を探しました。1歳を過ぎたら預かるってところばっかりで、でも1歳まで待ったら仕事が続けられない。1カ所だけ0歳からみてくれるところがあって、本当に助かりました」
子どもが元気なときは何とかなっても、ときには風邪を引いたり怪我をすることもある。しかも突然に。社内で指導的な立場になれば出張で家をあけることもある。