2024年12月22日(日)

Wedge SPECIAL REPORT

2023年1月20日

 早稲田大学を中退し、米国で博士号を取得、起業して「アメリカンドリーム」を実現した藤田浩之氏。経営者を続けながら日米の大学運営にも携わる。イノベーションを生むために、今、日本に必要なこととは?

(Roberto Scandola/gettyimages)

米国籍取得後も母国・日本を思う日々

藤田浩之 Hiroyuki Fujita, Ph.D. 米クオリティー・エレクトロダイナミクス(QED)創業者兼CEO。米ケース・ウェスタン・リザーブ大学物理学科博士課程修了。オハイオ州立大学理事長。クリーブランド・クリニック・ヒルクレスト病院理事長。在クリーブランド日本国名誉領事。キヤノン・ヘルスケアUSA会長。沖縄科学技術大学院大学などの理事も兼任。近著に『Fail Fast!速い失敗が未来を』(ウェッジ)

 私は、米オハイオ州クリーブランドにあるケース・ウェスタン・リザーブ大学で、物理学博士号を取得した。博士課程で研究していた時に総合医療機器メーカーのピッカーから委託研究の依頼を受けたことを契機にそのメーカーに研究者として入社した。

 米国で高度な仕事をするには「Ph.D.」はいわば〝必須免許〟である。そこには、専門的な知識だけではなく、その過程で蓄積された幅広い教養があり、これが「複眼」を持つことにも極めて役に立つのだ。

 その後、医療機器開発・製造のスタートアップに就職し、同社が米ゼネラル・エレクトリック(GE)に買収されたことで、より国際色豊かなグローバル企業で働く機会にも恵まれた。

 GEで携わっていた事業的なタイミングと新興企業が成長する過程で培った人たちとの縁にも恵まれ、起業する機会を得て2006年、磁気共鳴画像診断装置(MRI)の基幹システムを手掛ける「クオリティー・エレクトロダイナミクス (QED)」社を起こし、医療技術と製造業の発展に貢献してきた。

 移民である私がQEDを創業し、米国人の雇用と輸出増に貢献したことが認められ、12年にはオバマ大統領の一般教書演説の際、大統領夫人の貴賓席に日本人として初めて招待され、それを機に私は米国籍を取得した。今では、日米両国の関係強化にも尽力している。

 米国籍取得後も、母国である日本のことを思わない日はない。日本には今、先送りできない課題が山積しているが、いまだに惰眠をむさぼっているように見える。日本の変革には、「従来の延長線上に未来がある」という固定観念を打ち破ることが必要だ。

 その突破口になると信じて、私は今、世界最高峰の医療機関の一つであるクリーブランド・クリニックの日本誘致に取り組んでいる。

 私は20年にクリーブランド・クリニック・ヒルクレスト病院の理事長に任命され、翌年には、「質の高い論文の割合ランキング」で世界9位になったこともある沖縄科学技術大学院大学の理事に就任した。そして22年10月、エマニュエル駐日米国大使立ち会いの下、両機関はパートナーシップを締結した。「世界トップクラス」の機関を誘致することで、嫌でも世界を意識する空気を醸成したいと考えている。クリーブランド・クリニックという〝黒船〟の来航により、日本の「常識」や「正解」は世界にとって当たり前なのかと、考えるきっかけにしたいとの狙いもある。しばしば日本は〝外圧〟がないと自分たちだけでは変われない。

 米国から日本を見ていて思うことは、変えなければいけないことが社会の共通認識になっているのに、変えようとしない風潮が強いということだ。例えば、「男女平等」や「多様性」が叫ばれているが、多くの日本企業や日本社会には真のそれがない。分かっているのに、変化や失敗、責任追及を恐れて、何も手を打たない。つまり、日本は「ダラダラと失敗している」ように思えてならない。

 一方、米国の強みは「実行する力」だ。米国は多民族・多人種国家による人種分断問題など、実にさまざまな問題を抱えているが、決定したことを実行するのは極めて速い。問題にぶち当たっても、開拓者精神さながらに、自ら道を切り拓き、速く失敗して(ダラダラ失敗しないで)そこから多くの学びを得ることで、失敗を失敗ではなくす。「成功のもと」にしているのだ。

 自分が実現したいこと、なりたい自分を自ら考え、失敗を恐れずにまずは「やってみる」。失敗したら、やり方を変えて、「成功するまでやり続ける」。そうした日本人が増えれば、日本は必ず世界最先端の国家に返り咲けるはずだ。〝Fail Fast!〟─―。日本人に必要なことは、まさにこの精神であろう。

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 イノベーション─―。全36頁に及ぶ2022年の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の本文中で、22回も用いられたのがこの言葉だ。
 「新しくする」という意味のラテン語「innovare」が語源であり、提唱者である経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが「馬車を何台つないでも汽車にはならない」という名言を残したことからも、新しいものを生み出すことや、既存のものをより良いものにすることだといえる。
 「革新」や「新機軸」と訳されるイノベーションを創出するには、前例踏襲や固定観念に捉われない姿勢が重要だ。時には慣例からの逸脱や成功確率が低いことに挑戦する勇気も必要だろう。平等主義や横並び意識の強い日本社会ではしばしば、そんな人材を“尖った人”と表現する。この言葉には、均一的で協調性がある人材を礼賛すると同時に、それに当てはまらない人材を揶揄する響きが感じられるが、果たしてそうなのか。
 “尖る”という表現を、「得意」分野を持つことと、「特異」な発想ができることという“トクイ”に換言すれば、そうした人材を適材適所に配置し、トクイを生かすことこそが、イノベーションを生む原動力であり、今の日本に求められていることではないか。
 編集部は今回、得意なことや特異、あるいはユニークな発想を突き詰め努力を重ねた人たちを取材した。また、イノベーションの創出に向けて新たな挑戦を始めた「企業」の取り組みや技術を熟知する「経営者」の立場から見た日本企業と人材育成の課題、打開策にも焦点を当てた。さらに、歴史から日本企業が学ぶべきことや組織の中からいかにして活躍できる人材を発掘するか、日本の教育や産官学連携に必要なことなどについて、揺るぎない信念を持つ「研究者」たちに大いに語ってもらった。
 多くの日本人や日本企業が望む「安定」と「成功」。だが、これらは挑戦し、「不安定」や「失敗」を繰り返すからこそ得られる果実である。“日本流”でイノベーションを生み出すためのヒントを提示していきたい。
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