2024年11月22日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年1月25日

習近平政権発足前に出された〝提言書〟

 1979年に始められた一人っ子政策(~2014年)の末期に近く、第1期習近平政権が発足する半年ほど前の2012年4月、ハードカバーで200頁超の研究書『中国人太多了嗎? TOO MANY PEOPLE IN CHINA?』(北京・社会科学文献出版社)が出版されている。「中国人太多了嗎?(中国人は多すぎるのか?)」との書名は刺激的に過ぎるが、一面では2年後の一人っ子政策廃止を示唆していたと捉えることもできるだろう。

 第1次習近平政権発足を前にした2、3年ほどの間、中国では「大国化」、「中国の夢」、「中国崛起」、「中国復興の核心価値」など来るべき習近平政権の内外姿勢を事前に宣伝・教育するような勇ましい内容の書籍が続々と出版された。この『中国人太多了嗎? TOO MANY PEOPLE IN CHINA?』も、その種の政治的キャンペーンの一環であったようにも思える。

 著者の1人である梁建章は米国のスタンフォード大学在籍時、「偶然にも中国の若者人口が急速に萎縮している状況を発見したことから、中国の人口問題と政策に興味を抱いた」ことで人口問題に関心を移し、この研究書を執筆したとのこと。

 毛沢東が最大の政敵である劉少奇を倒し、文革の勝利を高らかに宣言した第9回共産党大会が行われた1969年に上海で生まれた梁建章は、対外開放の波に乗って米国留学を果たし、米企業のOracle中国支社勤務を経て99年にIT企業を立ち上げている。その後、スタンフォード大学で博士号(人口経済学)を取得。本書出版時は北京大学国家発展研究院客座研究員であった。

 もう1人の執筆者の李建新は社会学人類学研究所教授。新疆ウイグル自治区の伊寧市に生まれ、新疆大学、北京大学、ムンバイ国際人口研究院(インド)、北京大学などで数学と人口学を専攻し、日本留学(東京都立大学)を経て米国に渡り、ミシガン大学で人口学の研究を続けた人口学法学博士である。

 この研究経歴から推測するに、どうやら2人の若き研究者は対外開放政策の恩恵を全身に受けた〝勝ち組〟と言ってもいいだろう。

 外国で最新研究を身につけて帰国した2人の若手研究者は日本を人口政策失敗の典型と捉え、このまま一人っ子政策を続ければ中国でも若者人口は激減し、科学技術は後退を余儀なくされ、活力なき社会の出現は避け難い。中国の成長は頓挫し、日本のように停滞一途の道を転がることになる。「中華民族の偉大な復興」なんぞ夢のまた夢。幻に終わりかねない、と危機感を煽る。そして日本のようになりたくなかったら、ともかくも「産めよ、増やせよ!」と熱く、饒舌に語り続けた。

 一人っ子政策さえ廃止したら、食糧から環境・新エネルギー開発まで、中国の将来を左右する根本問題は解決する。「中国の夢」は正夢となるとの見立てだが、論拠薄弱な議論が先行し、首を傾げざるを得ない。

 たとえば「民族関係と貧富の差に起因する社会の不公平問題さえ処理すれば、中国社会の安定は保てる。ならば今後の10~20年の経済成長によって、中国人の平均年収は2万米ドル超となり、高等教育普及率は50%を超え、中国の政治体制の安定と改革のリスクは大幅に低減する」と自信満々に示す。

書き連ねられるアジテーション

 かくて、その先に「中華民族の偉大な復興」が実現するという青写真となるのだが、ここで疑問が湧く。「民族関係と貧富の差に起因する社会の不公平問題」をどうやって「処理」するのか、「政治体制の安定」はどう担保されるのか、どのようにして「改革のリスク」を回避しようとするのか――。これら肝心な点に関する具体的方策が見られないのが不思議だ。

 だが考えて見れば、不思議でも何でもない。具体的方策を突き詰めれば、やはり共産党独裁の是非という大問題に突き当たってしまう。だが、そのアンタッチャブルな領域には足を踏み入れるわけにはいかない。


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