WKCDのもう1つの中核施設がコロナ禍真っ最中の21年にオープンした「M+」だ。アジアの視覚芸術に特化した美術館というユニークな特徴を持っている。実は日本の物も数多く展示されており、ウォークマンや醤油さし、たまごっちなど幅広い。寿司屋の店内も丸ごとあったりと、日常のさまざまなものが芸術となり、ビジネスの商材になることがわかる。開館1周年を記念して22年11月から今年5月14日まで、日本が誇る芸術家である草間彌生のアジアでは最大規模の回顧展が開催されている。
箱モノを作るだけではハブにはなれない。芸術関係者が来港し、作品の売買ができる環境が必要だ。香港では12年まで「アート香港」という展示会が行われていたが、アート香港の発起人が世界最大級の芸術フェアである「アートバーゼル」を招聘し、13年から「アートバーゼル香港」として生まれ変わった。
これを機に、世界各地から芸術関係者が来港するようになり、ハードだけではなく人というソフト面が充実し始めた。その結果、草間彌生の作品が5億円を超える落札額となるオークションが何度も起こった。
実はこれは外貨の管理規制がある中国では不可能で、自由にお金の移動ができる「世界の金融センター」である香港だからこそ実現できた。フリーポートとしてあらゆる貿易商品を扱ってきたが、それにアートが加わり、香港でのビジネスがより活性化されている。
政治的影響で多様性に欠ける作品
香港で芸術におけるヒト、モノ、カネが大きく動いている状況ではあるが、足枷もある。芸術はその時代を切り取る役割も果しており、その時の社会、災害、戦争、政治などを鋭く表現してきたという側面だ。
素性不明の芸術家、バンクシーがウクライナ国内でウクライナ戦争を風刺した作品を描いたほか、ピカソも政治を風刺した。日本でも大きな議論を呼んだ2019年の「あいちトリエンナーレ」の事例をみても、芸術と政治は微妙な関係であり、表裏一体の関係でもあると言っていいだろう。
香港でも2014年の雨傘運動の時、政府を風刺する無数の作品がデモの中心地であった金鐘(Admiralty)地区に置かれた。多彩な作品に筆者も驚かされた記憶がある。
それも国安法が制定され政府を批判するような作品がほぼ発表できなくなった。それはM+でも起こっている。
例えば、中国の芸術家で民主活動家として知られている艾未未氏の作品の一部が展示されていないことだ。天安門広場で中指を立てている写真が有名なのだが、M+の公式サイトから削除された。また、台湾に移民した香港の反体制派の芸術家、黄国才氏の作品もM+のサイトのコレクションとして表示されていない。