TikTokの情報流出という威力
TikTokは安全保障にとって問題である……。こうした見方が広がっているわけだが、それはいったいなぜか?
よく取り沙汰されるのが情報流出の恐れだ。記者の位置情報を不正流用したという問題はきわめて重大だが、現時点で明らかに問題となっているのはこの一件だけではないか。
一部では「スマートフォンに入力した文字や数字の情報を読み取っている。パスワードなどの重要情報が漏洩する恐れがある」ともいわれているが、これは誤解であろう。20年にTikTokがクリップボード(テキストをコピーした際の記録)を読み取っていたことが報じられたが、この問題を明らかにした開発者のTalal Haj Bakry氏、Tommy Mysk氏によると、ABCニュースやーヨークタイムズ、ロイターなどの米メディアのニュースアプリなど、50以上のアプリがクリップボード読み取りを行っていたことを明らかにした。
TikTok側は繰り返し同内容を投稿するスパムを検出するための機能だったと説明し、その後のアップデートで読み取りを中止している。〝気味の悪さ〟は残るが、米大手メディアのアプリでも同様の機能があったことを考えると、機密情報を盗むための機能と断定はできないだろう。
一方で、もし情報流出があれば、その影響は大きなものとなるだろう。TikTokのユーザーデータ、すなわち、どのような動画を視聴しているのか、どのような動画に「いいね!」をつけているのか、どのような動画をスキップしているのか、動画に映し出された顔、録音された声などのデータからはきわめて多くのことが読み取れる。
ソーシャルメディアが持つデータから、どこまで個人は丸裸にされるのか? 米国の大統領選挙や英国のブレグジットで話題になった16年のケンブリッジ・アナリティカ事件によってその実力は明らかにされている。
政治コンサルティング企業ケンブリッジ・アナリティカはフェイスブックから取得したデータを中心に、米市民一人ひとりの政治的志向と投票意図を把握した。フェイスブックのどんな投稿に「いいね!」をつけたのかなど、一見すると政治信条とは無関係のデータからでも、驚くほど正確にその個人の属性を特定できたという。その上で、ごく少数の票の移動で選挙結果がひっくりかえる激戦区で、投票行動を変えやすいターゲットにしぼった選挙広告を展開したとされる。
この工作が果たして選挙結果を変えてトランプ前大統領誕生の決定打となったのか。米政府の調査委員会は選挙結果に影響は与えなかったと結論づけているが、技術がさらに発展し、そしてわれわれがますますネットへの依存度を高めているなか、デジタル技術とデータを駆使した選挙干渉への恐れはより大きくなっている。
また、TikTokはデータを取得する能力だけではなく、メッセージを発信するプラットフォームとしても強力だ。フェイスブックやユーチューブなどのサービスと比べ、TikTokはバズったコンテンツの拡散力が著しく高いことが知られている。「この動画は人気がでる」とコンピューター・アルゴリズムが判断した動画は、オススメとして広く拡散される仕組みを持っているためだ。
どの動画がオススメされるかはアルゴリズムによって決定されると説明されてきたが、米誌フォーブスの報道によると、人間の判断で特定の動画をオススメに指定し視聴回数を増やすことが日常的に行われてきたという。
TikTokは米国のMAU(月間アクティブユーザー)が1億5000万人を超え、全米国人の約40%が利用するモンスターアプリとなっている。娯楽用途だけではなく、政治家によるメッセージ発信にも使われているほか、ニュース解説や時事問題への論評といった動画もある。こうした動画のうち一部の露出を増やすことがあれば、世論に影響する力を持ちかねない。