2024年4月29日(月)

日本の医療〝変革〟最前線

2023年4月5日

 この仕組みについて現場の医師からは「知らなかった」という声が聞かられる。 同マニュアルには修正ルールが書いてないからだ。誤嚥性肺炎は高齢者に多いので、こうしたケースはかなりありそうだ。

死因が老衰では「死亡を防げない」

 どうみても死因統計から老衰を排除しようという意図があるように見える。厚労省に問い合わせると「日本が準拠している世界保健機関(WHO)の規則に従っているだけです」と素っ気ない。では、WHOの考え方はどうなのか。

 「疾病、傷害及び死因の統計分類(ICD―10、 2013年版)」によると、「死亡の防止という観点からは、疾病事象の連鎖をある時点で切るか、ある時点で疾病を治すことが重要である。また、最も効果的な公衆衛生の目的は、その活動によって 原因を防止することである」とある。

 これで合点がいく。死因を調べる目的は、死亡を防ぐためなのだ。そこへ疾病ではない「老衰」が入ってくるのは意に反する迷惑なこと。

 疾病に拘りたい。どの臓器に異変が生じたかを調べたい。そのため、死亡診断書に「ア=ある疾病、イ=老衰」と記入すると、例外を設けて、「ある疾病」を死因に仕立てたいのであろう。

 同マニュアルでは冒頭に「死亡統計は国民の保健・医療・福祉に関する行政の重要な基礎資料として役立つ」とその意義を高らかに宣言している。だが、WHOの考え方に従ったため、死亡原因が歪められた統計となった。

 統計上の老衰死には、幾重ものハードルが設けられている。死亡診断書の最下欄に老衰と書かれ、死亡統計から外された事例を含めれば、もっと多いはずだ。

 実は、死因上位のがんや心疾患、脳血管疾患、誤嚥性肺炎なども「その死亡の原因はほとんど老化、老衰とみていい」と指摘する医師は少なくない。日本の死亡者の85%は70歳以上なのが現実である。老衰死の比率は、実際はもっと高いとみていいだろう。

 もし死因として老衰死が大半と公表されれば、日本人の死生観が根底から覆りそうだ。自然な死を普通に受け入れる。「大往生」の復権である。死因統計の見直しが迫られている。

 
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「人が死ぬ話をするなんて、縁起でもない」はたして、本当にそうだろうか。死は日常だ。その時期は神仏のみぞ知るが、いつか必ず誰にでも訪れる。そして、超高齢化の先に待ち受けるのは“多死”という現実だ。日本社会の成熟とともに少子化や孤独化が広がり、葬儀・墓といった「家族」を基盤とするこれまでの葬送慣習も限界を迎えつつある。そのような時代の転換点で、“死”をタブー視せず、向き合い、共に生きる。その日常の先にこそ、新たな可能性が見えてくるはずだ。

   
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