2024年7月21日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2013年7月18日

 習主席の発言は、中国人のコンプレックスとおごりがないまぜになったもののように聞こえる。19世紀から20世紀初めに列強や日本の侵略を受け、中国建国後、朝鮮戦争で米軍と戦い、冷戦で米国と対峙した中国にとって、米国と対等にわたり合うことはまさに習氏が掲げる「中国の夢」(中華民族の復興)を象徴する成果だろう。

 中国は周辺諸国を中心に根強い「中国脅威論」を打ち消すことに躍起だが、なぜか習主席はその脅威論をあおる太平洋分割論をくり返す。「中国の夢」を語って国民や軍部の優越感をくすぐり、愛国ナショナリズムを刺激して自らの権力基盤を固めようとの狙いかもしれないが、対外的なマイナス効果を考えれば、自己を相対化できず、冷静さを欠く発言と言わざるを得ない。

「G2」の虚実

 一方、一部の日本のメディアは米中首脳会談について新「G2」などと書き立てるが、いかがなものか。「G2」の定義にもよるが、不健全な劣等感や嫉妬心にかられて日本から米中関係をみる視点(単にそう書けば、見出しが派手になるという商業的センセーショナリズムかも知れないが)だとしたら筆者は賛同しない。

 「G2」という言葉が一般に広がってきたのは、2008年8月の北京五輪のころ。米ピーターソン国際研究所のフレッド・バーグステン所長が外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」で、国際問題への中国の責任ある対応を引き出すために米中首脳の定期協議の場「G2」を創設するように提言してからだろう。

 バーグステン氏の本来の主張は極めて妥当なものだが、日本メディアは「G2」=日本はずし、という疎外感をとりわけ強調してきた。

 米ブルッキングズ研究所のR・ブッシュ北東アジア政策研究センター長は、今回の米中首脳会談を前にした共同通信のインタビュー(6月7日配信)に対し「G2論は学者が展開したが、政府が検討したことはない。米中が決めたことを日韓などに押し付けるのは非現実的だ」と話した。

 米国が、国際社会で影響力を増す中国を重視し、さまざまな議題について対中協議を行うのは当然のことだ。「G2」を語るなら、きちんと定義づけた上で、米中間の「協調」と「対立」を冷静に分析してからにすべきだろう。

 最も深刻な日本はずしは、領土問題や歴史認識をめぐって、日本が中韓だけでなく米国の信頼を失ってしまった時に起きるのではないか。

 キャンベル前米国務次官補は、昨年9月の尖閣諸島国有化に先立ち、中国が強く反発する恐れがあるとして国有化に反対する考えを野田政権に伝えていたことを共同通信に明らかにした。(4月10日配信)

 また、前述したように、米政権は今年4月下旬、歴史認識をめぐる安倍首相の発言や閣僚の靖国神社参拝について、東アジア情勢の不安定化を招きかねないとして、日本政府へ懸念を伝えていた。

 「安倍氏は歴史の傷を再び悪化させるのではなく、長期に低迷する日本経済の改善やアジアの民主国家としての役割強化を重点とし、日本の将来像を描くことに力を注ぐべきだ」

 米紙ニューヨーク・タイムズは国会議員の靖国参拝を批判した社説「日本の不必要なナショナリズム」(4月23日付)の中で、こう苦言を呈した。

 日本が自ら「日本はずし」を促して米国からも信頼を失い、国際社会で孤立してしまう最悪のシナリオだけは避けなければならない。


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