2024年4月17日(水)

WEDGE REPORT

2023年4月26日

ユーラシアを巡る価値的な戦い

 ウクライナ戦争に由来するユーラシアを巡る新しい戦いは、価値的な戦いになる。武力対決もあり得るが人類社会を破滅に追い込む危険がある。中国と干戈(かんか)を交えるのではなく、むしろ価値的な戦いで決着をつける方が賢明だ。

 要するに西側民主主義が全領域でロシア人の心を射止めること、そういう価値的な戦いに勝てるかどうかという問題だ。リベラルな価値が中国の専制的価値より優勢になるかどうかだ。

 もとよりロシア社会は単純ではない。多くの国民の気持ちの中に深く流れている帝国的な価値への憧憬、強い指導者への執着等は価値的な戦いを難しくする。選ばれた個人や集団(オリガルヒ)への特権授与と絶対服従を対価とするプーチン式の統治も価値的な戦いを面倒なものにする。

 しかし、私見では西側社会は賢明に行動したらこの価値的な戦いに勝てるはずだ。自由民主主義には十分な競争力があるからだ。

 まず、歴史的に見てそうだ。第二次大戦の直後、敗退したドイツが民主主義国家として繁栄を遂げるとは当時誰も想像していなかったという。しかし米国は(西)ドイツに民主主義を導入し、あらゆる援助の手を差し伸べた。日本もほぼ同じ歴史を経験した。 

 経済力でも西側民主主義国の実力は相当大きい。ロシア経済は欧州経済の20分の1だ。スウェーデンの経済学者で欧米では著名な論客であるアンダース・アスランド氏がフォーリンアフェアーズ誌で提唱したように、ロシアが民主主義を志向したら「新マーシャルプラン」が実行に移されるだろう(”Putin Is Going to Lose His War and the World Should Prepare for Instability in Russia”Foreign Affairs May 25, 2022)。

 ロシアには日米欧から大規模な投資が流れ込み、危機にあるロシア経済を持続成長の軌道に乗せるだろう。それに戦後ヨーロッパの例に徴しても、市民レベル、市町村レベル、職域レベルなどあらゆる段階でロシア市民との交流が大規模に始まる。ロシアの青年たちは欧米への留学の機会を手にするだろう。

 そういう過程を経てロシア社会は全く新しい前進の機会を手にする。専制国家の不得意とするところだ。

 欧州連合(EU)の政治的未来に関する政策研究を専門とする「ウイルフレッド マルテンス・センター」が22年7月に公表した浩瀚(こうかん)な報告書(”The EU’s Relations With a Future Democratic Russia”Wilfred Martens Centre for European Studies, July 2022)では、どのような支援をロシアに提供するべきかを政策分野ごとに詳細に論じている。そしてここが重要な点だが、要するに「ロシアの成功無しに、欧州の成功は無い」という欧州側の価値論を前面に掲げている。

 さらに米国の戦略国際問題研究所(CSIS)のバーグマン・ロシア・ユーラシア部長は「ロシアに対し、ロシア人が欧米民主主義社会で名誉ある地位と扱いを受けると保証することが重要だ」と論じている(”What Could Come Next? Assessing the Putin Regime's Stability and Western Policy Options”January 20, 2023)。このようなメッセージングは必ず行われるだろう。こういったことが価値的な戦いでは強い競争力になる。

ロシアから始まる地政学上の大変革に向けて

 このように見てくると、ロシアの将来、ユーラシアの将来、そして中国が目指す「百年に一度の大変局」への対応など、世界情勢を動かす最も深刻な問題をG7サミットは議論することになる。特にロシア全版図で民主化を実現することがどうしても必要だ。その為の価値的な戦場でG7は結束し、あらゆる賢明な外交を展開して行くべきだ。

 
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 ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。
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