2024年11月24日(日)

Wedge REPORT

2023年5月26日

 プレカット工場を運営する島﨑木材(埼玉県行田市)プレカット部の寺井章部長は「これまでの仕組みと違い、関東という狭いエリアの中で山元から工務店まで一気通貫につながる点が画期的だ」と語る。

 前出の伊佐社長は言う。「住宅を購入した人と森林所有者との交流会を催し、植樹体験などを行っている。木を身近に感じてもらうことが、住宅を大切にし、山に関心を持つ人を増やすことにつながる」。

 多くの人にとって住宅は、一生で最も高価な買い物であると同時に、家族の絆や人間形成の原点にもなるはずだ。だからこそ、こうした事業者間の透明性や強固な信頼関係が、住宅を購入する人にも伝播し大きな「価値」となっていくのかもしれない。

主語を「木材」から「建築」に
必要なのは生活者の目線

 日本の森林と建築の現場をつなげる生産方式にイノベーションを起こそうとする動きもある。

 4月中旬、小誌記者は千葉市稲毛区を訪れた。住宅資材の販売や工務店サポート事業などを営むモック(埼玉県八潮市)が昨年7月に新設した大型パネル工場を視察するためである。

「大型パネル」とは、事前組み立て型の木造建築を指す。大きなパネルをあらかじめ工場で組み立ててから建設現場に搬入し、クレーンで吊り上げながら住宅を建てる。30坪の標準的な家なら20~30枚程度のパネルで、屋根まで含めてもプラス10枚程度で一棟が建てられる。

和歌山で製材された後、船で運ばれた木材にサッシや断熱材を取り付けて「大型パネル」を生産する(写真は千葉にあるモックの工場)(WEDGE)

 日本では今、木造住宅建築の担い手である大工不足が深刻だ。総務省の「国勢調査」によると、1980年に約93万人だったのが2020年には約30万人へと減少する一方、60歳以上の割合が40%を超えた。また、耐震性や防火性、調湿性などの性能が強化されるたびに建築部品の複雑化や重量化が進んだ。大工の働き方改革や資材の軽量化は時代の要請ともいえる。

 木造大型パネル生産販売部で販売リーダーを務める遠藤真一氏は「大工の労働時間のうち、半分以上は届いた建材の梱包を外すことや採寸、仕分けなどにとられている。足場も不安定な中、サッシなどの重たい資材を運んでおり危険な作業も多い。大型パネルにすれば、本来の仕事である仕上げや造作に集中してもらえるし、人手不足解消にもつながる」と語る。大型パネルには、従来、建設現場で行っていた9つの工程が集約されており、10日以上の工期削減にも寄与するという。

 特筆すべきは工場で働いている大型パネルの生産者だ。モックの従業員のほとんどが未経験者、つまり大工出身ではないのである。

 22年7月、柔道整復師から転職し同社に入社した岡沢由衣氏に話を聞くと「屋内の安定した環境で組み立てることが可能な私たちに任せてもらえれば現場の大工の負担も減る。確かに、木材を扱う難しさや細かな精度を求められるプレッシャーは感じるが、住宅という大きな建築物が出来上がっていく過程を見られる今の仕事は本当に楽しい」と答えてくれた。

 モックは、紀州材が有名な和歌山県で植林から伐採、製材、プレカットまでを一貫して行う山長商店(和歌山県田辺市)のグループ会社であり、大型パネルに使う木材の大半をグループ内で生産している。そのため、大型パネルの製造で上げた利益を無駄なく山元に還元でき、森林の維持・持続ができるという。

 大型パネルの開発者で、この工法を提供するウッドステーション(千葉市)の塩地博文会長は強調する。「カギはいかに森林資源と生活者を結び付けられるか、需要がある地域と供給可能な最適エリアを線で結べるかだ。究極的には林業という産業をクラスター(圧縮統合)させ、地域ごとにローカルサプライチェーンを多数構築することが重要だ。大規模化などの『成長』一辺倒ではなく、徹底的に『持続』することを目指す。着実な『持続』こそ、結果として『大成長』につながる」。

 塩地会長は付加価値についても発想を転換すべきだと語気を強める。「これまで木材は、自動車でいう『エンジン』だけで売ってきたようなもの。付加価値をつけるとはタイヤ、ハンドル、ブレーキを付けて『自動車』として売ることだ。その意味で、われわれは山長商店の良質な木材を使いながら、サッシや断熱材なども付けた『大型パネル』という『建築物』として売っている。常に生活者目線で考え、主語を『木材』ではなく『建築』にし、〝生活産業〟の一員として事業を行っている」。

 日本の林業を取り巻く環境は極めて厳しい。だが、そこで思考停止していては何も生まれない。こうした改革者たちによる動きがさらに広がることで〝瀕死〟の林業を〝希望〟の林業へと変えていくことができるはずだ。

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Wedge 2023年6月号より
瀕死の林業
瀕死の林業

「花粉症は多くの国民を悩ませ続けている社会問題(中略)国民に解決に向けた道筋を示したい」

 岸田文雄首相は4月14日に行われた第1回花粉症に関する関係閣僚会議に出席し、こう述べた。スギの伐採加速化も掲げられ、安堵した読者もいたかもしれない。

 だが、日本の林業(林政)はこうした政治発言に左右されてきた歴史と言っても過言ではない。

 国は今、こう考えているようだ。

〈戦後に植林されたスギやヒノキの人工林は伐り時を迎えている。森林資源を活用すれば、林業は成長産業となり、その結果、森林の公益的機能も維持される〉

「林業の成長産業化」路線である。カーボンニュートラルの潮流がこれに拍車をかける。木材利用が推奨され、次々に高層木造建築の施工計画が立ち上がり、木材生産量や自給率など、統計上の数字は年々上昇・改善しているといえる。

 だが、現場の捉え方は全く違う。

 国が金科玉条のごとく「林業の成長産業化」路線を掲げた結果、市場では供給過多の状況が続き、木材価格の低下に歯止めがかからないからだ。その結果、森林所有者である山元には利益が還元されず、伐採跡地の再造林は3割しか進んでいない。今まさに、日本の林業は“瀕死”の状況にある。

 これらを生み出している要因の一つとして、さまざまな形で支給される総額3000億円近くの補助金の活用方法についても今後再検討が必要だろう。補助金獲得が目的化するというモラルハザードが起こりやすいからだ。

 さらに日本は、目先の「成長」を追い求めすぎるあまり、「持続可能な森林管理」の観点からも、世界的な潮流に逆行していると言わざるを得ない。まさに「木を見て森を見ず」の林政ではないか。

 一方で、希望もある。現場を歩くと、森林所有者や森林組合、製材加工業者など、“現場発”の新たな取り組みを始める頼もしい改革者たちの存在があるからだ。

 瀕死の林業、再生へ─。その処方箋を示そう。


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