2024年12月9日(月)

Wedge SPECIAL REPORT

2023年1月27日

編集部(以下、─―)日本企業からかつてほどイノベーションが生まれていない原因をどう分析しているか。

宮部義幸 。パナソニックホールディングス取締役・副社長執行役員。1957年生まれ。1983年、大阪大学大学院工学研究科修了後、松下電器産業(現・パナソニックHD)入社。常務執行役員(技術担当)、専務執行役員最高技術責任者(CTO)兼最高モノづくり責任者(CMO)などを経て現職。

宮部 1980年代、日本経済が好調だった時に比べ、自由闊達さが失われ管理することが強く求められるようになった。全体的にお行儀の良い成熟した組織になりつつあるという印象だ。

 当時は製造業を中心に大量生産・大量販売モデルで成功しており、同じものをいかに早く、いかに安く造るかが勝負だった。そうした中で特に製造現場においては、決められたルール・手順を逸脱しないことが重要視され、個々の創意工夫や改善意欲が削がれてしまったのではないか。そのため「ルール自体を疑ってみる」という視点や発想に至りにくくなり、〝遊び幅〟がない「管理のための管理」が会社や日本全体に浸透してしまった面がある。

 踏み外してはいけないルールはあって然るべきだが、個人の裁量や自由度をうまく組み合わせることで、パフォーマンスを最大化するためのマネジメントをしなくてはいけない。端的にいえば、素質のある人を見つけ潰さないこと。一芸に秀でた〝尖り〟をそのまま育成できる環境を整えることだ。

─―そうした育成は成熟している大企業ほど、難しい印象がある。

宮部 当社の事例で恐縮だが、二人の人物を挙げたい。

 私が新入社員の頃に配属された研究所の所長直轄に一人の先輩がいた。国内外における有効な登録特許数が1300を超える大嶋光昭氏だ。大嶋氏は所長の直轄とはいえ企画の管理をするのではなく、毎日論文を読んだり、実験したりしていた。決められた枠の中のことよりも、とにかく突き詰めて考えるタイプで、当時の幹部は現場で定型的な業務をするだけでは能力が発揮しきれないと考えたのだろう。大嶋氏は後に、「振動ジャイロ」と呼ばれる部品を開発し、ビデオカメラやデジタルカメラの手振れ補正機能の搭載に道筋をつけた。まさにパナソニックの躍進を支えた人といっていい。

振動ジャイロ」を活用した世界初の手振れ補正機能搭載ビデオカメラ(PV-460)

 何といっても「突破力」がすごかった。最も驚いたのは、開発した手振れ補正機能を実証するために自らヘリコプターをチャーターし、上空からその機能を用いた映像とそうでない映像を撮ることで技術の高さを証明して事業部門から研究予算を獲得することに成功したことだ。ここまでやれる人はめったにいないだろうが、大所帯の部署なら例えば1割程度の人にこうした自由度を与える方法もあるし、社員個人の単位でみれば、与えられた業務以外のことに1割程度の労力や時間をかける自由度を与えてもいいだろう。

 世の中の移り変わる速度が急激に早くなった今、大事なことは、イノベーションとは「技術」の世界だけで起きることではない、という意識だ。製品にしろ、サービスにしろ、お客さまが何を求めているかを正確に把握することが必要になる。つまり、研究者が開発する技術だけでなく、お客さまと近い距離で接する営業系の社員や生産ラインを管理する社員なども巻き込んで、会社組織全体にイノベーティブな素地を広げる必要がある。経験則としても、そうしたアイデアは成功しやすい。


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