2024年4月27日(土)

Wedge SPECIAL REPORT

2023年1月27日

パナソニックが目指す「21世紀型」のビジネスモデルとは

宮部 もう一人は、デジタル家電や携帯電話の急速な普及で当社に追い風が吹いていた頃に一度退職し、Cerevo(セレボ)を立ち上げた岩佐琢磨氏だ。同社は、ライブ配信可能なデジタルカメラをはじめネットとつながる斬新な製品を次々に生み出した。

 当時のパナソニックは重点事業が明確で、会社全体に新しい事業や技術の種に目を向けるくらいなら目の前の好調な事業に注力しようという空気だった。彼はその全盛期の2003年に入社し、まさに今訪れている「ネット時代」に備えた技術開発をしようとしていたが、その発想と周囲の方向性がマッチせず独立したのだった。直属の部下ではなかったが、同じ部署で働いていた仲間のアイデアを引き上げられず、やるせない気持ちもあった。

 時代を予見していたともいえる彼の会社はその後成長し、私が最高技術責任者(CTO)をしていたある日、「出資を検討してほしい」と依頼してきた。私は「今のパナソニックはあなたが辞めた当時のような環境ではなく、新しいチャレンジをどんどん後押ししたいと思っている。出資ではなく買収させてほしい」と願い出た。彼個人を引き抜くよりも、信頼するチームのメンバーも含めて迎え入れることで仕事のしやすい環境を整え、新しい挑戦を支えたいと考えてのことだった。

 結果的に彼は今、再び当社グループの一員として働いている。彼らが持ち込んでくれたリソースとパナソニックにある既存のリソースのいいところを組み合わせたり、取り入れたりすることで生まれたのが防音Bluetoohマイク「mutalk」やVRヘッドセット「MeganeX」などの新商品だ。中には数億円規模の売り上げが出ている商品もある。

 振り返ると私が入社した当時の環境も似たような状況だった。私の専門は情報系だが、当時のパナソニックはラジオやテレビが中心の製造業で、専門性が生かせるような部署はないのではないかとすら考えていた。しかし、BtoCの主力製品の売れ行きがいずれ頭打ちになることを予測した3代目社長の山下俊彦氏がBtoB向けの新たな領域を探すことに舵を切っていたのだった。その決断がなければ私も入社していなかったし、初期のデジタル家電での成功もなかっただろう。常に時代の趨勢を見定め、新しい挑戦を続ける重要性を感じている。

─―パナソニックの21世紀型のビジネスモデルをどう考えているか。また組織のトップに立つ上での心構えとは。

宮部 間違いなく大量生産モデルは崩れる。量産という観点だけみてもソフトウェアと私たちが得意としてきたハードウェアとでは性質が全く異なる。IoTが当たり前になった現在、そして未来においてもそうした全く異なる性質のものを組み合わせた製品が顧客のニーズを満たしていくだろう。当社の従来の強みであるハードウェアを生かしつつ、いかに台頭している新たなテクノロジーをオンして価値ある製品を生めるかを突き詰めたい。

 そこで重要なことは、過去の失敗経験をしっかり学ぶことと、過去の成功体験はもう通用しないと腹を括ることだ。米グーグルのように、毎月のように新しい会社を買収するなどの手段で外部の力を借りることも有効かもしれない。共に新たな時代を創るという発想を持ち、リソースの規模や選択肢の幅など、大企業こその優位性をどう発揮するかが問われている。

 新しいチャレンジを支援することにはそれなりの勇気や覚悟がいる。〝突き抜けた〟社員を突き抜けた状態のままマネジメントすることは容易ではなく、実に骨が折れる。だが、経営層やマネジメント層こそ、そんな彼らに真正面から向き合い、大胆な判断と大胆な行動を促すことで新たな時代を切り拓いていきたい。

 『Wedge』2023年2月号では、「日本社会にあえて問う 「とんがってる」って悪いこと? 日本流でイノベーションを創出しよう」を特集しております。全国の書店や駅売店、アマゾンでお買い求めいただけます。
 イノベーション─―。全36頁に及ぶ2022年の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の本文中で、22回も用いられたのがこの言葉だ。
 「新しくする」という意味のラテン語「innovare」が語源であり、提唱者である経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが「馬車を何台つないでも汽車にはならない」という名言を残したことからも、新しいものを生み出すことや、既存のものをより良いものにすることだといえる。
 「革新」や「新機軸」と訳されるイノベーションを創出するには、前例踏襲や固定観念に捉われない姿勢が重要だ。時には慣例からの逸脱や成功確率が低いことに挑戦する勇気も必要だろう。平等主義や横並び意識の強い日本社会ではしばしば、そんな人材を“尖った人”と表現する。この言葉には、均一的で協調性がある人材を礼賛すると同時に、それに当てはまらない人材を揶揄する響きが感じられるが、果たしてそうなのか。
 “尖る”という表現を、「得意」分野を持つことと、「特異」な発想ができることという“トクイ”に換言すれば、そうした人材を適材適所に配置し、トクイを生かすことこそが、イノベーションを生む原動力であり、今の日本に求められていることではないか。
 編集部は今回、得意なことや特異、あるいはユニークな発想を突き詰め努力を重ねた人たちを取材した。また、イノベーションの創出に向けて新たな挑戦を始めた「企業」の取り組みや技術を熟知する「経営者」の立場から見た日本企業と人材育成の課題、打開策にも焦点を当てた。さらに、歴史から日本企業が学ぶべきことや組織の中からいかにして活躍できる人材を発掘するか、日本の教育や産官学連携に必要なことなどについて、揺るぎない信念を持つ「研究者」たちに大いに語ってもらった。
 多くの日本人や日本企業が望む「安定」と「成功」。だが、これらは挑戦し、「不安定」や「失敗」を繰り返すからこそ得られる果実である。“日本流”でイノベーションを生み出すためのヒントを提示していきたい。

   
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。


新着記事

»もっと見る