2024年5月4日(土)

WEDGE REPORT

2023年6月8日

 当然ながら、この問題は日韓でナショナリズムの象徴となり、メディアやSNSでさまざまな意見が出され、裁判は政治色を帯びていくことになる。17年に地裁が浮石寺の所有権を認め、仏像を保管する韓国政府に同寺への引き渡しを命じると、韓国政府は控訴した。

 そして、6年後の23年2月、一審判決を取り消し原告の請求を棄却する控訴審判決が出された。判決をかいつまんで説明すると、①14世紀に浮石寺が仏像を所有していたことは認められる、②しかし、当時の浮石寺と現在の浮石寺とが同じ権利主体とは認められない、③観音寺は20年以上仏像を占有していたため国際私法により所有権が認められる――というものだ。

世界では「返還」の流れも

 この控訴審判決は、日本で概ね好意的に受け止められた。だが、筆者は韓国で保管されたままになっている仏像が返還される可能性は小さいのではないかと見ている。その根拠は、文化財返還をとりまく世界の潮流だ。

 国際的な文化財保護・返還に関する基本的な枠組みは、1954年にハーグで採択された「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」(ハーグ条約)にある。その後、上述のユネスコ条約が70年に採択されると、その流れは加速する。

 93年に欧州連合(EU)が加盟国に対して、他の加盟国から違法に持ち出された文化財の返還要求に応じるべきとする指令を発し、98年には世界44ヵ国の代表とNGOが、ナチスにより没収された財産を所有者や遺族に返還すべきことを定めたワシントン原則を採択した。また、2010年にはカイロで、中国やインド、ギリシャなど約20ヵ国が参加した文化財返還に関する国際会議が開かれ、旧植民地諸国が共同戦線を張ることで合意した。

 これら条約など国際的な枠組みは、そもそも第2次世界大戦の反省に立ったものだ。しかし、文化財返還運動の射程は、月日を経るごとに時代を遡っており、最近では略奪文化財返還とシンボリックに呼ばれている。

 フランスのマクロン大統領は17年、アフリカ諸国への文化財返還を推進することを宣言し、21年には国立ケ・ブランリー美術館に所蔵されていた26点をベナンに返還した。また、フランスは現在、公的機関に所蔵されている美術品などの返還を促す3つの法案を提出しており、この法案はルーブル美術館の元館長が監修している。

 略奪文化財返還を法制化する動きは、オランダ、ドイツでも認められるが、各国の動きはそれだけにとどまらない。大英博物館は、パルテノン神殿の大理石彫刻の一部を返還するため、ギリシャと協議中であり、米国・ニューヨークのマンハッタン地区検事局は、過去に略奪されたことが判明した総額数千ドル相当の文化財数十点を、メトロポリタン美術館から押収し、ギリシャやエジプト、ナイジェリアに返還した。


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