2024年10月11日(金)

教養としての中東情勢

2023年7月25日

 ロシアの合意離脱によって一時穀物市場の小麦価格は急騰したものの、中国経済鈍化の影響などもあり、ロシア軍の侵攻直後の昨年3月のような価格上昇は起きていない。しかし、ロシアはその後、ウクライナに向けて航行する船舶を「軍事運搬船」と見なすとして事実上、黒海を封鎖した。このまま封鎖が長期化すれば、ロシアやウクライナに穀物を依存している各国の影響は甚大だ。

 ウクライナはヒマワリ油の輸出世界第1位、トウモロコシ同4位、小麦同5位で、農産物の世界シェアが大きい。国連によると、アフリカや中東の14カ国が輸入穀物の半分以上をロシアとウクライナに依存し、食料を十分に摂取できない世界の飢餓人口も7億3000万人を超えている。ジワジワと影響が拡大するのは必至だ。

強硬姿勢の背景

 プーチン大統領はなぜこうした強硬姿勢を打ち出したのか。最も大きな理由は民間軍事会社〝ワグネルの乱〟で失墜した自らの権威や統治力を取り戻すため、ロシア国内向けに、またウクライナや欧米に強い方針を示さざるを得なかった、ということだろう。

 戦争のやり方ついては、ワグネル創設者のプリゴジン氏ばかりではなく、プーチン氏の支持基盤である右派や保守派から「穀物輸出合意は〝敵に塩を送る〟もの」という批判の声が上がっていた。ワグネルの乱で赤っ恥をかいたプーチン氏はなんとしてもこうした批判を封じ込め、国内を完全にコントロールしていることを見せつける必要があった。最近、プーチン氏を痛烈に批判した右派のロシア軍元大佐を拘束したのもこのためだ。

 戦況はウクライナ側が欧米の戦車や弾薬などの兵器をそろえて反転攻勢に出る時期が遅れ、ロシア側に地雷原など強固な防衛線を敷くのを許した。このため、ウクライナ軍の占領地奪回作戦は予想を超える打撃を被り、うまくいっていない。プーチン氏はウクライナの攻勢が失敗していると自信を示している。

 黒海の穀物輸出合意はプーチン氏にとって西側に圧力を掛け、揺さぶることができる数少ない取引材料の1つ。戦況がロシア側に優位に傾いている今、合意から離脱し、黒海の軍事的緊張を高めることで、事態の深刻さと緊急性を見せつけ、欧米から譲歩を勝ち取って国内基盤を再び盤石なものにしたい、という思惑が透けて見える。

奏功するか、エルドアンの直談判

 米国のブリンケン国務長官が言うように「ロシアの合意復帰は極めて困難」な状況の中で、プーチン氏が耳を貸す人物が世界にいるのだろうか。思い浮かぶのは2人だ。

 いずれもウクライナ産穀物の大口購入国の指導者である。1人は中国の習近平国家主席であり、もう1人はトルコのエルドアン大統領だ。

 2人のうち、習国家主席は黒海穀物輸出合意の再建交渉を支持しているが、自ら「火中の栗を拾う」姿勢は見えない。何よりも対立する米国を利するような行動はとるまい。一方でエルドアン氏は「自分の出番が回ってきた」(アナリスト)とばかり、合意再建の仲介に乗り出している。


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