2024年7月16日(火)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2023年8月1日

 機械としての構造は、信頼性が求められる点を別にすれば、質的には扇風機と変わりはなく、これに操舵機構とブレーキを加えた程度と言って良い。部品点数は、EVの場合、ガソリンエンジン車の10分の1と言われている。

 しかも、モーターを開けてブラシの接触不良を整備するとか、配線の異常をテスターでチェックするなどといった「電気関係の検査や整備」などという業務は発生しない。なぜならば主要な部品はモジュラー化、つまり部品の組み上がったブラックボックスとして標準化されており、不具合があればモジュラーごと交換することで、メンテナンスを簡素化しているからだ。

 さらに、自己診断システムもある。こうした構造の簡素化に加えて、EVは排気ガスを出さないこともあって、全米のほとんどの州では、EVは車検の適用外となっている。

 つまりEV化というのは、自動車整備という業態、また職種にとっては大きな影響がある変化となるはずだ。日本の場合、現在はEVでも車検があり、ウィンカーを出したり、警笛を鳴らしたりしているのかもしれないが、そもそも多くの場合に高度な自己診断機能があるEVに対して、そんなことを今後もずっと続けるのであれば、これは悲喜劇と言うしかない。

業界の変化に監督官庁も対応を

 いずれにしても、近年の技術革新に加えてEV革命は、自動車整備業へ壊滅的な影響を与えるのは間違いない。その影響を無視して、ガソリン車と同じような車検制度を維持するのであれば、消費者の利益は構造的に損なわれてしまう。また、気がついたら外資が席巻して、外圧で規制緩和がされるまでには、ビジネスを根こそぎ外資が持って行ってしまうこともあり得る。

 ビッグモーターは、そのように変化の波にさらされている自動車整備ビジネスに対して、「あり得ないようなノルマ」という「ムチ」と同時に、「あり得ないような高報酬」という「アメ」を与えることで、多くの従業員の人格を踏みにじり、それ以上に多くの消費者に損害を与えたと考えられる。

 では、この問題は「ビッグモーターのように」ではなく「法令遵守をして正直に経営すれば良い」のかというと、それだけでは解決のつかない問題もある。なぜなら、業態、職種の全体が構造的な変化に直面しているからだ。改めて自動車整備業の今後に対する、監督官庁の姿勢が問われている。

 今回の問題で、整備業界全体の信頼が揺らげば、ビッグモーターとは全く無関係の整備士たちまで影響が出るかもしれない。そうした影響を防止するとともに、不自然に旧態依然とした制度や方法論を維持するのではなく、もっと本質的な意味で彼らが中長期ベースで安定的に働けるように、知恵を絞って頂きたい。

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