皇太子はファイサル外相を2月にウクライナに派遣、5億ドルに上る援助を約束した。この時から話は進んでいたとみられるが、ウクライナのゼレンスキー大統領は5月の主要7カ国(G7)首脳会議(広島)に向かう途中、ジッダで開かれていたアラブ連盟首脳会議で演説し、支援を呼び掛けた。「この際、ゼレンスキー氏が皇太子に和平会議を主催するよう要請した」(ベイルートの消息筋)のではないかという。
2つの野望
皇太子は2つの野望を持っているといわれる。1つはサウジを真の意味で自主独立の大国にすることだ。
政治、外交、防衛などあらゆる面で他国に依存しないで自立し、経済的には世界のトップテン入りするというのが目標だ。サウジにはかつて、米国による安全保障の見返りに、石油政策などでは米国の意向に配慮するという〝暗黙の合意〟があった。
だが2019年、イエメンのフーシ派によるドローン攻撃で石油生産の半分が停止に追い込まれた事態を契機に「安全保障観」が劇的に変わった。皇太子は中東からアジア重視に政策を転換した米国に依存していては「国を守れない」との判断に行き着いた。
同派はイランを後ろ盾とする組織で、イエメン内戦は事実上サウジとイランとの代理戦争だったが、この攻撃が米国に追随した「イラン敵視政策」から脱却させることになった。〝米国離れ〟である。
皇太子は3月、断交してきたイランとの和解に踏み切り、中国の習近平国家主席の仲介という形で関係正常化に舵を切った。一方でガソリン価格の高騰を鎮静化させたいというバイデン大統領の要請を退け、石油の減産を決定し、大統領を激怒させた。だが、〝米国離れ〟という方針が揺るぐことはなかった。
もう1つの皇太子の野望は世界に影響力を持つ指導者になるということだ。「ウクライナ和平会議」の主催はこの一環だが、「皇太子は国際社会から袋叩きにあった反体制派ジャーナリスト暗殺事件から多くの教訓を学んだ」(同)という。恐ろしい独裁者の顔では世界から受け入れられないことを悟り、表面的であっても「世界から敬われる」指導者像を売り込む戦術に変えた。
国内的には厳格なイスラム勢力を抑え、女性の運転免許取得の容認や映画館の解禁など若者らの要望を取り込んだ改革を進めた。国家改造計画「ビジョン2030」を推進し、石油に依存しない国づくりの旗を振った。紅海に近い砂漠地帯に65兆円規模の未来都市「ネオム」の建設も進めている。
「ウクライナ和平会議」が停戦や和平をもたらす可能性は低いとみられている。しかし、そうであっても「和平に尽力する」皇太子のイメージを高めることになるのは間違いないだろう。紛争の調停者としては、トルコのエルドアン大統領をお手本にしているとの声もあるが、違うところは同大統領にはカネはないが、皇太子には自由に使える莫大な石油収入があるという点だ。