2024年4月18日(木)

教養としての中東情勢

2023年6月14日

 米国に依存してきた中東の石油大国サウジアラビアが〝サウジ・ファースト〟(サウジ第一主義)とも呼ぶべき独自路線を推進し、地域情勢や世界経済に大きな影響を与えている。このしたたかな政策を主導しているのは同国を牛耳る剛腕のムハンマド皇太子だ。米国のブリンケン国務長官らバイデン政権の高官が皇太子の下に相次いで訪問、米国離れを食い止めるのに必死だ。

自国第一の外交を進めるサウジアラビアのムハンマド皇太子(Pool/gettyimages)

矢継ぎ早の決断

 ムハンマド皇太子が打ち出した矢継ぎ早の決断の第一弾は敵性国イランとの和解だった。3月、中国の仲介で断交中だったイランとの関係正常化で合意し、米国やイスラエルに不意打ちを食わせた。皇太子は米国が中東での軍事プレゼンスを縮小し、アジアへ重点をシフトすることを苦々しく考えていた。

 2019年にはイエメンを実質的に支配するフーシ派によるドローン攻撃で石油生産の半分が停止に追い込まれる危機に直面した。同派はイランを後ろ盾とする組織で、イエメン内戦自体、事実上サウジとイランとの代理戦争だ。皇太子はこの事態を受け、〝逃げ腰〟の米国では国を守れないとの判断、これがイランとの和解に踏み切らせる大きな動機になった。

 皇太子はイランとの和解に合意した後、4月にはイエメン政府派を支援して軍事介入していた内戦の終結に大きく舵を切った。サウジ代表団をフーシ派の拠点である首都・サヌアに派遣し、捕虜交換など停戦に向けた協議を開始した。

 5月にはシリアのアサド政権をアラブ世界に復帰させた。アサド大統領がサウジを訪問して皇太子と会談、アラブ連盟の首脳会議に出席した。

 シリアは11年以来、内戦での反体制派弾圧で連盟資格を停止されてきた。カタールなどの反対を押し切って復帰を進めたのはムハンマド皇太子だったという。


新着記事

»もっと見る