遭難の原因をみてみると、道迷いが1280人と最も多く、全体の36.5%を占める。続いて転倒が602人(17.2%)、滑落が578人(16・5%)、疲労が286人(8.2%)、病気が285人(8.1%)となっている。「病気」とは高血圧など持病が悪化することで、これに匹敵する数の人が〝疲れ〟で遭難しているのは驚きである。
では、疲労とは登山の前日に残業や深酒でもしていたのだろうか。日本登山医学会専門医の上家和子氏は「そもそも登山そのものが大量のエネルギーを消費することを認識していないことが大きい」と指摘する。すなわち、登山は激しく疲労することを意味する。
登山の運動強度はサッカーに匹敵する
登山はどのくらい大変な運動なのか。運動強度を比較する単位で「メッツ」というものがある。安静に座っている状態を1メッツとし、日常生活での活動や運動がその何倍の酸素を消費するかを示す。
私たちの日常の生活活動やスポーツの運動強度は表1の通り。ゆっくり歩くことやストレッチ、ヨガは座っている状態の2倍の運動で、階段を下りるのは3倍、ゴルフや庭仕事は4倍といった形だ。
登山活動に目を向けると、ハイキングは6メッツ、無雪期の登山は7メッツ、一般登山道ではないルートを登るバリエーション登山は8メッツ、ロッククライミングは11メッツとなる。ハイキングでもバスケットボール、無雪期の登山はサッカーと同じくらいの運動強度となっている。
澄んだ空気を吸いながらゆっくり歩いているので激しい運動という意識はないかもしれないが、実はサッカーフィールドを駆け回るほど消費しているのだ。サッカー並みの運動をしていることに気づいている人はどのくらいいるだろう。ほとんどの登山はサッカーの練習や試合よりもはるかに長時間である。
登山という行為がこれだけの運動行為であることを考えると、疲労が遭難原因の約1割を占めることも納得できる。また、道に迷ったり、転倒したり、滑落したりするのも、疲労のせいで注意力が散漫になったり、足元がふらついたりすることから起こっていることも想像できる。