2024年7月24日(水)

勝負の分かれ目

2023年10月19日

 今年5月の『ファンタジー・オン・アイス』の幕開け公演となった千葉・幕張メッセでは、プログラムの幕開けをすでにスピンで旋回している状態で迎えるという、これもプロならではの斬新な演出で観客の度肝を抜いた。

 決して奇をてらうわけではない。わずかなスパイスを加えるだけで、料理の味が変わるように、羽生さんは既存のフィギュアスケートへのリスペクトを忘れることなく、競技者時代の知見を加味し、知恵を絞ることで唯一無二の「独自色」を生み出している。

 羽生さんが抱くプロの矜持とは何か――。決して一つではない答えに対し、筆者は、「得点」ではない、「感情」という評価軸においても最高の評価を得るべく、ファンの期待を上回る演技で応えることではないかと考える。

 特筆すべきは、単独公演というスタイルをフィギュアスケートの世界で遂行しているということである。多くの共演者とともに作り上げる従来のアイスショーではなく、羽生さんは単独でいくつものプログラムを演じる。

 一人で10前後のプログラムを演じ、マイクを握って熱を帯びた会場をさらに盛り上げる。額から大粒の汗を流し、ときに激しい呼吸を繰り返しても、決してスタミナを温存することなく、すべてのプログラムを熱演するスタイルを貫いてきた。

 どんなときにも手を抜かない。羽生さんは自身初の単独公演となった『プロローグ』後の取材で、「試合だったら、目の前にジャッジの方がいるんですけど、(単独公演では)大勢のお客さま方が目の前にいるっていうのは、自分の中でも、すごく試されていると思いましたし、自分自身も試さなくてはいけないと感じながら滑っていました」と打ち明けていた。

 「出演者」であると同時に、プロ転向後は制作総指揮の役割まで自身で手がける。いわば、主演であり、プロデューサーでもある。競技者としてジャンプの精度や美しさ、さらには表現力にいたるまでのこだわりをプロ転向後は演出の域にまで広げた。              

 競技者時代の〝人気と知名度〟に頼ることはしない。むしろ、それ以上の「価値」を提供するための努力を怠らない。そのために、常に「進化」を追い求めてきた。

どんな時も「全力」心掛ける

 現役時代の羽生さんはけがとも向き合ってきた。男子66年ぶりの連覇を狙った18年平昌五輪は約3カ月前に右足首を負傷し、その後に一度の実戦も挟むことなくぶっつけ本番で五輪のリンクに立った。19年の世界選手権(さいたまスーパーアリーナ)は実戦から遠ざかる期間がさらに長く約4カ月も空いたが、フリーで自らの演技終了時点の世界最高得点(平昌五輪後の新ルール採点)をマークした。

 単独公演では、けがやコンディションに細心の注意を払っている。

 「体力強化は本当に大変でした。僕は一つのプログラムに全力を尽くしてしまうので、その後にまた滑るということが考えられなかったんですけど、なんとかここまで体力をつけることができたなと思っています」。羽生さんはこう話したことがあった。


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