2024年6月24日(月)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2023年10月27日

 どうしてこのようなアプローチが可能なのかというと、カリキュラムの上限が遥かに高いところに設定されているために、自然に到達度の差が浮き彫りになるからだ。例えば「多変数微積分まで」履修し、なおかつ「微積分」や「統計学」のAP試験で優良な点数を持っている「高校4年生」ということになると、330万人いる米国の同学年の中で恐らく0.5%もいない。ということは履修記録と標準テストの成績で十分に選抜ができるし、そのまま将来の理工系研究者予備軍とみなすことができる。

 そう考えると、塾に通って類似問題に触ったことがある人間が勝つという日本の入試制度では、どう考えても人材の選択を誤ってしまうリスクが避けられない。そうではなくて、概念を順に並べたカリキュラムを更に大学レベルまで伸ばしておいて、個々の高校生の到達度を測る方が合理的だ。

就職試験に「数学」で人材確保

 それ以前の問題として、高校に進学して1年生の後半に「私立文系進学」を決めた途端に、数学と無縁の人生になるという子どもを一定数作ってしまう問題もある。これは即刻やめるべきだ。徐々に「文系」でも数学を入試問題に加える動きが出てきたが、この変化を加速すべきである。

 もっといえば、企業の就職試験においても、専用の知能検査ではなく、ホンモノの数学の試験を取り入れたら良い。技術職だけでなく、マーケティング、財務金融などは、業務のかなりの部分が数学であるし、少なくとも高校数2までの問題を出して学力差を判定するのは人材確保に役立つだろう。慣れない敬語で固めた定型文を喋らせて演技の評価をするなど形骸化した面接試験よりも、絶対に企業業績に直結すると考える。

 6つ目の問題は指導者である。ここまで述べてきたように、数学教育に関しては昭和の古典的な内容を平成の「ゆとり教育」で崩してしまい、その再建が十分にできていないのが現状だ。これを近代化し、更に能力別に高度化してゆくには、現状では指導者の人材が不足している。

 まず最先端の数学を教える人材としては、例えば大学院修了者を組織的に中高の教員として採用する仕組みが必要だろう。理数系の学問で最先端に触れ、かつ教育に情熱を持つ若者は一定数存在すると思われる。こうした人材を教育現場に引っ張り込む仕掛けが必要だ。

 特別な厚遇を用意するのは難しいかもしれない。だが、教職課程を出てきた保守的な教員集団が、そのような高度人材を拒否するといった問題をマネジメントで乗り越えることは可能だし、やらねばならない。

 その一方で、学習困難に近い子どもに対する数学教育の専門家も養成しなくてはならない。競争の厳しい実社会において、生活してゆくのに必要な最低限の学力は何としてもつけてゆく。そのような情熱を持った若者に専門的な指導のスキルを身に着けさせて、現場に投入するのである。

 いずれにしても、算数・数学教育に関しては、変革は待ったなしである。数学の現代化に加えて、到達度別の指導を徹底すること、難問奇問という脇道に逸れるのではなく先へ進めていくこと、理工系研究者候補を教えられるレベルの教育者を学校現場に導入することなど、具体的にすべきことは極めて明確だ。

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