その場合は、官からの投資であれば公益が強く期待される。悪く言えば、カネも出すが口も出すという種類のマネーであり、無色透明ではない。
民間からの投資においては、節税効果を期待した資金である場合が多いが、やはり文明観などの「色の付いたカネ」である。集めるのも大変なら、集めてからも「口を出してくる」種類の投資ということになるわけで、これは経営陣の自由度を縛る。
AIはただのビジネスではない
このように資金調達の効率と、経営の自由度ということでは、営利企業とNPOでは大きな違いがある。ところで、今回のAIの場合は、文明の転換を促すような極めて大規模で、前例のないプロジェクトである。従って、営利企業であっても、国家や国際社会による監視や統制を受けることは避けられない。NPOであっても、所有権の透明性など、前例のない規制を受けるだろう。
例えば、今回のアルゼンチン大統領選では、AIが本格的に使われる中で、右派のポピュリスト候補が勝利した。この事例1つとっても、明らかに反社会的なAIの濫用があったのか、なかったのかの検証が必要だ。その場合に、NPOの方が透明性を確保できるのか、あるいは中長期の信用を保つ必然性のある営利企業のほうがかえって透明性と合法性が保てるのかは、そう簡単に結論の出るような議論ではない。
その意味で、今回のアルトマン氏の去就問題というのは、人間関係や企業の思惑といった個別の問題を超えた、ビジネスの大きなスキームの問題であると言える。混乱というよりも、これは1つの問題提起であって、業界も関係当局も関心をもって見つめているし、ここからさまざまな議論が喚起されていくことを期待したい。