2024年12月22日(日)

Wedge2023年12月号特集(海事産業は日本の生命線)

2023年11月24日

 山陽新幹線徳山駅のプラットホームからは、すぐ目の前に各種の貨物船が停泊しているのが見える。ここに拠点を置く「イコーズ」(山口県周南市)は、まさに新規人材の登用・育成と、省力化を同時に進めている。同社は、2000年に5人の船主が共同して立ち上げた船舶管理会社だ。個別に所有する船舶や船員を運用するのではなく、共同して運用することで効率化を進め、スケールメリットの発揮を目指し、現在では18隻の船と約140人の船員を運用している。

「MEGURI2040」で無人運航の監視と遠隔操船の実証実験のため東京港を出港するコンテナ船「すざく」(2022年2月)(THE NIPPON FOUNDATION)

 「船員の有効求人倍率は3倍を超えている。看護師やトラックドライバーなど人手不足が問題となっている業界よりもさらに深刻な状況にある」と、イコーズの畝河内毅社長は危機感を強めている。13年には海洋共育センターを立ち上げ、6級海技士養成の支援を始めた。実習に使用する船は船主が個別に提供する。これほどの協力体制を敷くのは「行政が運営する学校の卒業生だけでは船員を確保することができない」(同)からだ。

 商船高等専門学校など船員養成学校の新卒学生に、地方の小規模船会社は就職先に選んでもらえない事情もある。そこで、社会人に狙いを定めて自前で船員を養成するという目論見だ。

 そしていま、注力しているのが「船員の働き方改革」だ。これまでは、「3カ月乗船して1カ月休暇」ということが基本だったが、「1.5カ月乗船15日休暇」を取り入れ、1回の乗船期間を短くする取り組みを進めている。

 「政府はモーダルシフトを進め、今後10年で船舶や鉄道による輸送を2倍にすると発表した。これは、われわれにとっては大きな目標だ。一方で、足元では今年から残業規制が強化されたことで、運航を減らしたり、さらなる人手を確保するという問題も発生している。より少ない人数で、より多くの荷物を運ぶには、船員法で定められている定員を減らすことを認める法改正が必要になる」(畝河内社長)

 実際、テクノロジーの進化によって、実務的には人を減らしても問題ないレベルに近づきつつあるという。例えば、機関士が常時乗船してエンジンを確認しなくても、カメラで陸上から確認したり、各種センサーを取り付けたりすることで、故障を事前にキャッチするといった技術開発が進められている。陸上での監視・コントロールが可能になれば、1人で複数の船を担当することもできる。

 東京海洋大学学術研究院海洋電子機械工学部門の清水悦郎教授もこう話す。「例えば、船長と機関長を統合して『ユナイテッド・キャプテン』などと呼ぶような職種を設ければ、船員を1人減らすことができるのではないか。船長、機関長はそれに向けて新たに知識・技能を習得する必要は出てくるが、例えば自律運航技術を活用して実質的な負担は減らしながら2人分の内容の仕事をすることで、2倍とは行かなくても1.5倍に収入が上がるとなれば、インセンティブになるはずだ。『船員の数を減らす』と聞くと、船員からは否定的な反応が返ってくることが少なくないが、そもそも海洋開発分野や洋上風力分野など新たな船舶運航のニーズが増えているにもかかわらず人手が減り続けていく中で、自分たちがどのように働きたいのか、より高い給料が得られるような働き方としてどのような働き方が考えられるのか、船員からの発信も増やしていくべきだ」。

 そして「最後のハードルは荷主の理解」ということになる。少ない人数で運ぶことができるのなら「運賃を下げてくれ」という発想だ。少しでも輸送コストを下げたいという荷主の気持ちも理解できるが、ここでの省力化はコスト削減が目的ではなく、人手不足に対応するためのものだ。遅延なく、安定した輸送を将来にわたって持続的に行うためには、再投資することが可能な「適正な運賃」が欠かせない。


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