2024年5月17日(金)

WEDGE REPORT

2023年12月5日

ニクソン・ショック再来の懸念ないか

 米中の日本頭越し接近は、わが国外交における大きな痛恨事であり、日本国内では対米不信感が募るなど大きな後遺症が残った。

 あれから半世紀余。日本の国力、国際的な存在感が当時とは比較にならほど大きくなった今、ニクソン・ショック、キッシンジャー忍者外交の二の舞がなされる可能性はもう少ないかもしれない。

 しかし、「一寸先は闇」は、国内、国際を問わず政治の常識だろう。

 いまの日本の対中政策をみると、「開かれたインド太平洋構想」にもとづいて、日米、豪州、インドによるクアッドへの積極的参加、東南アジア諸国連合(ASEAN)との従来以上の連携、太平洋島しょ国への影響力拡大などを通じて、中国と対峙している。

 あたかも、ウクライナ、中東問題に忙殺される米国に変わってアジア太平洋での〝盟主〟を演じようとしているかのようだ。

 サンフランシスコで先月開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を機に行われた米中、日中首脳会談をみると、米中、日中とも懸案で進展はなかったものの、バイデン大統領と習近平国家主席の親密さを誇示する演出、しつらえは際立っていた。

 会談は4時間にわたり、場所もサンフランシスコ郊外の有名な庭園「ファイロリ」で、昼食をはさみ途中両首脳だけで散策するなど国賓並みの処遇。国際会議を利用しての会議とは到底思えなかった。

 これに対して日中首脳会談はわずか1時間。会談場所も中国側宿舎のホテルで、岸田首相が作り笑いで歩みよっても、習主席はほとんど表情を変えず硬い表情のまま握手、米中と日中との落差が際立っていた。

米中間のシグナル見極め、したたかな外交を

 外交において、どちらか一方、または双方が関係改善を望む場合は、必ず何らかの前兆がある。

 71年のキッシンジャー訪中の際も、それに先立って米中間でさまざまなシグナルが交換された。ニクソン大統領がこの年の一般教書で、中国に言及した際、初めて「中華人民共和国」と正式国名を使用したのもそのひとつだった。

 牽強付会の批判を承知で言えば、米中首脳会談での過剰ともいえる演出は、関係改善を熱望する双方の阿吽の呼吸とみるべきだろう。

 米中が覇権争いを演じている「新冷戦」の時代、双方が根本的な和解に進む可能性は薄いという見方が少なくない。とはいっても、当面の懸案をめぐる〝かりそめの宥和〟は十分想定できよう。

 そうなれば、東京電力福島第一原発の処理水放出をめぐる中国側の輸入規制解除や拘束日本人の解放など当面の懸案解決は遠のきの、尖閣をめぐる対立でも、中国はますます居丈高、強硬な態度に出てくるだろう。

 米中関係が良好な時に日中関係が後退するのは過去にもたびたびみられた。

 キッシンジャー亡き後とはいえ、唯一の超大国の立場を堅持するため、米国は国益にかなうと判断すれば、同盟国との関係をあえて犠牲にする現実主義をなお維持している。来年の大統領選でトランプ前大統領のカムバックをみれば、そうした傾向に拍車がかかるだろう。

 言葉は不適当だが、米国の旗振りに甘んじるのは大きなリスクが伴う。米中両国のシグナル交換ともいうべき動きを慎重に見極め、どんな状況が生じても戸惑うことなく対応できる能動的なしたたかさを身につけておくことが必要だろう。

 キッシンジャー電撃訪中から半世紀以上。その教訓をいまだに生かせないとなれば、大国としてこれ以上の恥辱はないというべきだろう。

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