2024年5月20日(月)

プーチンのロシア

2023年12月8日

 さらに事態の解決を困難にさせるのは、仮に毒物を盛られたのだとしても、そのような症状が毒物によるものだと断定されるには一定の時間がかかるため、その間に犯人は容易に逃亡できるという事実だ。英国内で襲撃されたリトビネンコ氏やスクリパリ氏をめぐっては、監視カメラの映像などからロシア出身の容疑者らの身元が判明しているものの、いずれも犯人だと断定されたときには英国外に出国した後で、逮捕を免れている。

 ただ、海外で居住する反体制派や元スパイを毒物で暗殺するには、その物質を海外に持ち出して襲撃する必要がある。極めて困難な作業を伴い、犯人にとっても非常にリスクの高い行動となる。

 実際に、リトビネンコ氏が飲むお茶にポロニウムを混ぜたとされるアンドレイ・ルゴボイとドミトリー・コフトゥンという名前の2人の容疑者は、ロンドンに到着したもののリトビネンコ氏の殺害に繰り返し失敗し、その間ナイトクラブなど、危険な放射性物質を持ち運びながら市内の各所を訪れていた。さらに、リトビネンコ氏のお茶にポロニウムを混ぜることに成功した後にも、残ったポロニウムをホテルの洗面所に流したり、床にこぼれたものをホテルのタオルで拭いたりするなど、ずさんな対応を繰り返していた。

 このような状況から推察されるのは、犯人自身がどのような種類の毒物を運んでいるのかを、事前に知らされていなかったという実態だ。容疑者らは最終的にロシアに戻ったが、事実上〝使い捨て〟にされていた可能性が高い。

生き延びても弾圧

 そのような攻撃の対象となった人物は、仮に生き延びたにせよ、厳しい人生が待ち受けている。

 ロシアの反体制派活動家として知られるアレクセイ・ナワリヌイ氏は、2020年8月にシベリア・トムスクを訪問した後、トムスクからモスクワに戻るための航空機内で体調が急変した。空港内のカフェで飲んだお茶に、毒物が混ぜられていた可能性が指摘されている。

 航空機は、中南部オムスクで緊急着陸し、ナワリヌイ氏はオムスクの病院に緊急搬送されて治療を受けた後にドイツに搬送された。ドイツ当局は、ナワリヌイ氏が神経剤「ノビチョク」を使った毒殺が図られた「明確な証拠がある」と表明している。また、オムスクでナワリヌイ氏の治療にあたった医師は、翌年突然死している。

 ロシア当局による弾圧を受ける可能性が極めて高かったにもかかわらず、ナワリヌイ氏は回復後、ドイツからロシアに帰国する決断をした。21年1月に帰国すると、ロシア当局は即座にナワリヌイ氏を逮捕した。その後も、一方的に懲役期間が伸ばされて、同氏は現在もロシア国内の刑務所で服役を続けている。

 ナワリヌイ氏をめぐっては、刑務所内で激しい体調悪化に見舞われても適切な治療を受けられていないとの報道もある。同氏の報道官は「ゆっくりと、目立たない形で、殺されつつある」と表明している。

 ロシア当局は、繰り返される毒物を使った殺人事件などに対する関与を、一貫して否定している。ただ、ロシアとその周辺で繰り返されるこれらの事件は、ロシアという国がソ連時代から大きく変化していないという実態を強く示唆している。

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