2024年11月23日(土)

Wedge REPORT

2023年12月25日

独自に認証制度を導入
先進県、山梨

 では、日本のAWの現状はそれほど悲惨なものなのだろうか。

 まず思い浮かぶのは、2018年に起きた養鶏大手アキタフーズの秋田善祺前代表による、現役の農林水産大臣・吉川貴盛氏への贈賄事件である。

 秋田氏は「アニマルウエルフェア(動物福祉)の理念に基づき、鶏をケージに入れる日本の飼育手法に否定的な飼育基準を示した国際機関に反対するよう要望」したとされ、「私利私欲でなく業界全体のためだった」と弁明したという(21年10月6日付・朝日新聞デジタル)。

 この事件が示しているのは、日本の養鶏業界にとって世界的なAWの潮流は死活問題であるということだろう。

 なぜなら日本の養鶏業界は、戦後一貫して効率的な大量生産を目指してひた走ってきたからである。それはまさに、ルース・ハリソンが言うところの工業的畜産そのものである。

 筆者は養鶏最大手だったイセ食品(22年に経営破綻。23年に更生計画認可決定)の農場を見学したことがあるが、窓のない農場の外観は工場にしか見えないし、特に集卵以降の洗卵からパック詰めの工程は完全に機械化、自動化されており、清潔かつ衛生的。鶏の姿を目にすることは一切なく、農場のイメージはゼロであった。

 良くも悪くも、日本の養鶏業界は工業的畜産の最先端を走っていたのであり、その結果として、われわれ消費者は衛生的な卵を1パック200円前後という低価格で、しかも安定的に購入することができていたのである。

 秋田氏の挙動は、工業的畜産の極致である日本の養鶏業を守りたいという衷心から出てきたものだろう。犯罪は犯罪として裁かれなくてはならないが、単位面積当たりの飼養羽数が圧倒的に多く、集卵や衛生管理が容易なケージ飼育によってコストダウンを図ってきた大規模養鶏業者の多くにとって、AWの潮流が逆風として受け取られていることは間違いないだろう。

 では、農水省はAWの潮流にどう対応しているのだろうか。

 同省畜産局は23年7月に「AWに関する畜種ごとの飼養管理指針」を公表し、AWの解説や実践例を紹介する「AWに配慮した家畜の飼養管理等について」という資料を公表している。

 畜産振興課の真壁七恵課長補佐によれば、WOAHが策定する国際基準のWOAHコードを参照して「指針」を策定したそうだが、採卵鶏のWOAHコード案はいまだ採択に至っておらず、現状では、国際基準がない状態だという。

 そこで農水省は日本が支持していたこのWOAHコード案を参照して「指針」を策定したと、真壁課長補佐は言う。

 「農水省としては国際的な潮流を踏まえればAWの普及推進を図ることは重要と認識している。新たな指針は罰則を伴うものではないが、生産者の皆様には、できるところから取り組むことでAWの水準の向上に努めてほしいと考えている。消費者の皆様にAWを知っていただく努力も進める」

 つまり、指針は努力目標程度のことであって、農水省のAWに対する姿勢は大変にゆるいのである。AW推進を掲げる、アニマルライツセンターの岡田千尋代表が言う。

 「農水省の管理指針は極めて定性的な書きぶりで、1羽当たり何平方㍍必要といった定量的な表現になっていない。フィリピン、タイ、台湾、韓国、トルコなどには最低基準があるのに、日本には最低基準がなく、すべては経営者次第という状況になっている」

 なぜ日本は、実質野放しなのか?

 「日本は海外に畜産物の輸出をほとんどしていないからだ。タイ、ブラジル、中国などは輸出をしたい国なので世界の最先端の(AWの)動向に合わせることが、彼らのビジネス上の戦略になっていく。日本は国内市場だけを見ているので、どうしても世界の流れから取り残されてしまう」(同)

 日本のガラパゴス化は、AWの世界でも起きているということである。

 しかしながら、国内でAWを戦略的に利用している事例もなくはない。

 例えば山梨県は、21年から「やまなしアニマルウェルフェア認証制度」をスタートしている。畜種によって定められたアチーブメント(実績・成果)基準をクリアすると、県が定めるロゴマークを畜産物に使用することができる。山梨県畜産課の片山努課長が言う。

 「山梨県には、もともとAWの考えに基づく畜産経営をやっている農家が存在した。黒富士農場(採卵鶏)、キープ協会(乳用牛)、ぶぅふぅうぅ農園(養豚)、甲州地どり生産組合などがそれにあたるが、こうした農場の価値を広く知ってもらいそのブランド価値を高めるために、AWの認証をしていこうというのがこの制度の狙いだ」

 欧州の流れとは真逆と言っていいだろう。ただし、片山課長は言う。「山梨は畜産県ではないので、小規模農家が多い。AWは小規模な方が取り組みやすい面があるので、山梨でも広く普及していくことができると考えている」。

 現在の認証農場は9軒。山梨県は認証農家を増やしていく計画だが、他の自治体や大規模生産者がAWに取り組む契機になるかどうかは未知数だ。


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