2024年4月16日(火)

田部康喜のTV読本

2024年1月10日

 日本新聞協会(新聞、NHK、民放キー局を含む)の調査によると、記者の数が東日本大震災の約2万にから、23年には4400人も減少して約1万5900人になっているのである。記者のなかには、本社にいて編集をするという減少しにくい人員も含まれているから、報道網は主に外勤記者の減少、とくに地方の減少が著しいと推定されている。

 朝日新聞電子版の「パブリックエディターから 新聞と読者の間で」のなかで、元仙台総局長の岡本峰子は「2年間の宮城県在任中に二つの取材拠点を閉じた。いま県内の拠点は県庁所在地の仙台総局と石巻、気仙沼の両支局の計3カ所。閉じた支局管内は仙台の記者らが車で1時間ほどかけて通う。総局の記者数も、東日本大震災直後に比べればかなり減った」と、振り返っている。

 ちなみに、筆者の初任地である佐賀県の同紙の取材網をみて驚いた。佐賀市にある佐賀総局と唐津支局の2拠点のみ。3支局が閉じられていた。

 産経新聞は、部数が100万部を割り込んで「全国紙」のくくりにかろうじて入っている。記者や取材拠点の削減は業界のなかでも目立っている。

 国内の取材拠点数は、09年に83カ所あったものが、19年には51カ所まで減少している。取材拠点を閉じただけではなく、支局を駐在に格下げしたことなどが影響している。

それでもメディアが〝今〟を伝えるべき

 読者のなかには、「メディアが独自に取材網を敷く必要があるのだろうか。都道府県や警察、消防が大災害のまとめをやっているから、それを参考にすればいいのではないだろうか」と。

 ここで、行政とメディアが決定的に異なることをあげなければならない。「行政」は情報が上がっているのを待ってまとめる。「メディア」は、自ら情報を求めて乗り出す。大災害の本部に何台ものテレビが置かれて、各社が報道する内容をチェックしているのからもわかるだろう。

 もちろん、自衛隊や警察、消防が被災地で懸命の救助努力をしているのは間違いない。その地点その地点の被害状況を本部に報告しているのも。しかし、記者たちはその先を行く。そして、被害状況を俯瞰的にとらえる。

 しかも、情報は多重なほうがよい。メディア各社がとらえる現場が異なったほうがよい。その情報がより被災の状況を浮かび上がらせる。

 新しい通信技術が、大災害の被災状況をとらえるのに役立つ時代が本格的にきたことは、能登半島地震の教訓となるだろう。スマホでとらえられた津波や土砂崩れの様子を現地の住民が送ってきた映像を、放送局がフェイクでないかどうかチェックして報道に活用していたからである。

 映像は「今」を伝える。蛇足ながら、テレビの普及に貢献した皇太子と妃殿下ご成婚(現在の上皇陛下と上皇皇后)のテレビ中継の様子を振り返りたい。

 テレビ各社はご成婚の馬車を撮影しようと、沿道の各所にカメラを据えた。カメラから次のカメラまでの時間がかかることから、TBSはおふたりについての過去の映像などを作り込んだものを準備して放送した。日本テレビは、ただ馬車が来るまでの車道を映した。

 視聴率は、日本テレビに軍配があがった。映像は今なのである。TBSからテレビマンユニオンを創設した、名ディレクターの今野勉さんの『テレビの青春』(NTT出版)に詳しい。「テレビは今である」は、テレビ界を目指す人たちにとっては常識である。

 24時間のニュースチャンネルを作ったのが、まず「今」の反省に立ったTBSであり、次に「今」の重要性を知っていた日本テレビであったのは偶然ではない。そして、両社の全国の系列局のネットワークが、能登半島地震報道でも善戦したと思う。

   
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