こうした動きは、ビジネス主体である企業にとってはリスクでしかない。上述した「世界経済自由度年次報告」以外でも、米国の債券格付け会社ムーディーズが、23年12月に香港のソブリン格付け(政府・国策銀行発行債券の格付け)を「安定的」から「ネガティブ」に引き下げている。
香港の「中国化」
もう一つ懸念されるのは、香港の「中国化」(中国本土との一体化)の進行がもたらす影響である。香港経済は中国のビジネス・ハブとして機能してきたが、それは香港が中国経済に取り込まれる過程でもあった。
例えば、香港における域外企業数についてコロナ感染症流行前の19年と22年を比較すると、欧米企業が3860から3667へ、日本企業が1413から1388へ小幅減少したのに対して中国本土企業は1799から2114へ急増している。また、香港で有利子債資金調達した金融機関を地域別に見ると、中国本土が大きくシェアを伸ばし、他地域は減少している(図)。香港株式市場のベンチマーク株価指数においても、金融、IT、通信、消費財、エネルギー等の分野で中国本土企業のプレゼンスが際立っている。
こうした香港の「中国化」は何をもたらすであろうか。繰り返し指摘したように、外国企業にとっての香港の最大の優位性・魅力は、対中国ビジネス・ハブであることだが、さらに具体的には、法(コモンロー)体系や企業活動にとって有利な低税率、関税無し・外貨規制ゼロの自由貿易体制、米ドルペッグの香港ドルへの信認、等で構成される資本主義システムの安定性であることを忘れてはならない。
「香港国家安全維持法」に加えて香港独自の「国家安全条例」が準備されていることは、中国本土式の統治システムが持ち込まれ、ビジネスの自由度が制限されることを意味する。加えて、既述したように、香港における人材確保の困難は増し、その中継貿易機能、物流機能の役割が低下している。
香港経済は中国経済に取り込まれて、経済の約40%を中国本土に依存しているのが現状であり、中国企業がプレゼンスを増して、中国式経済システムが徐々に香港本来のシステムを侵食している。「中国化」は香港のゲートウェイ機能にとってはプラスであるともいえるが、将来見通しが不透明になるという二律背反が生じている。
全体として「一国二制度」の原則は崩れつつあり、米国との軋轢に代表される地政学リスクも継続すると予想される。香港政府は、中国経済との一体化を強化して優位性を追求する「大湾区構想」(香港・マカオと広東省9市の融合発展を図る構想)推進を掲げているが、その魅力は薄れている。
外国企業にとっては、まだ残る香港の優位性を利用しながら、本稿で検討したようなビジネスリスクを管理していくことが最大の課題となるであろう。