2024年11月21日(木)

絵画のヒストリア

2024年2月25日

 一触即発の冷戦世界という現実を背負いながら、のどかな一国的平和とその果実を手にした日本の〈戦後〉の背景に、三島はロココ的な世界を夢見ていたのだろうか。彼が書き継いだ『青の時代』や『金閣寺』、『絹と明察』や『宴のあと』などの小説は、すべて戦後の日本で実際に起きた事件をモデルにして描かれた。

 こうした現実の向こう側に三島が見立てた〈ロココ的世界〉がある時反転して、彼を「英雄的な死」が待ち受ける「彼岸」へと駆り立てたのであろう。

古代ローマの文人政治家の〈美しい死〉

 〈蹶起〉の一週間前、三島は文芸評論家の古林尚との対談で「自分をもうペトロニウスみたいなものだと思っている」と述べている。ローマ皇帝ネロの側近で『サチュリコン』の作者と言われるこの古代の文人政治家の最期を、自身に重ねたのでる。

「クオ・ヴァディス』(ヘンリク・シェミラツキ、1897年、ワルシャワ国立美術館蔵)

 ポーランドの作家、シェンキェヴィチの『クオ・ヴァディス』のなかで、皇帝ネロの不興を買ったペトロニウスは、花々で飾られた美女が侍る贅沢な饗宴の席で、客たちにこう語りかける。

 〈親愛なる諸君!歓をつくしてください!愕いてはいけません。老いと、衰弱とは晩年に於ける人間の悲しむべき事実です。私は歓をつくし、酒を飲み、音楽を聴き、側に美人たちを眺め、そして花の冠を戴いたまま、永い眠りに入りたいと思います〉(シェンキェヴィチ『クオ・ヴァディス』河野与一訳)

 ペトロニウスは客人たちにこう述べたあと、皇帝ネロへの痛烈な批判を読み上げ、医者に命じて自身の動脈を切って死の褥につく。美しい女奴隷エウニケを道行に従えて。のちに〈昭和元禄〉と呼ばれ、高度経済成長の宴のさなかの日本にあって、三島がたくらんで成し遂げた自裁に、この古代ローマの文人政治家の〈美しい死〉の影を見出すことは、おそらく容易なことであろう。

 『ハドリアヌス帝の回想』の著者でフランス初の女性学士院会員となった作家のマルグリット・ユルスナールは、三島由紀夫が自裁してから10年後の1980年に『三島あるいは空虚のヴィジョン』を書いている。

 〈三島のなかの伝統的日本人としての分子が表面に浮かびあがり、死において爆発したという経緯を眺めれば、逆に彼は、いわば彼みずから流れに逆らって回帰しようとしたところの、古代英雄的な日本の証人、言葉の語源的な意味における殉教者ということになろう〉(澁澤龍彦訳)

 やがて三島は戦後の〈楽園〉の夢想から覚醒してもう一つの「シテール」へ漕ぎ出す。舞台は若い同志たちと乗りこんで自衛隊員に〈蹶起〉を呼びかけ、割腹自決を遂げた東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部のバルコニーである。〈英雄的な死〉へ向かって生き急ぐ作家の内的な衝動は、戦後という〈楽園〉の仮構を破砕して、あの「聖セバスチァンの殉教」の官能的な法悦へ回帰していったのである。

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