2024年5月20日(月)

プーチンのロシア

2024年3月2日

地方の貧困地域に偏る動員
モスクワと最大100倍近い死亡率の差

 戦争に反対するモスクワの若者らの思いは、厳しく抑圧されていた。しかし、開戦から約4カ月という短期間ですでに、市内の反戦ムードが沈静化した背景には、もうひとつの理由があった。それは、ウクライナの前線に送られる兵士らが、圧倒的に地方に偏っていたという現実だ。

「3人もの子供がいた私のお父さんがなぜ、戦争に連れていかれて、死んでしまったのか理解ができない。だって、子供がいる家庭の父親は、動員されないって説明していたじゃない」

 ロシア極東のブリヤート共和国の寒村、ウスチ・バルグジンから2022年9月22日に出征し、11月に戦死したドミトリー・シドロバ(享年46歳)の娘、エレーナは地元メディアにそう訴えた。彼女の家族は、途方に暮れたに違いない。しかし、ブリヤート共和国では、このような理不尽な状況に追い込まれた家族があちこちに現れ始めていた。

 ブリヤート共和国は、バイカル湖の東岸に位置するロシア国内の共和国で、モンゴル系のチベット仏教徒らが多く住む場所としても知られる。しかし、ウクライナ侵攻開始以降、同共和国はロシア軍の戦死者に占める割合が最も高い地域のひとつとして知られるようになっていった。

 ロシアの独立系ニュースサイト「メディアゾーナ」や、イギリスBBCのロシア語版サイトなどが共同で実施した調査によれば、2022年10月21日時点で、ブリヤート共和国からウクライナ戦争に参加して死亡した兵士数は305人にのぼった。

 ロシアが併合したクリミア半島に隣接するクラスノダール地方や南部のダゲスタン共和国に次ぐ多さだった。

 若年層の、人口1万人あたりに占める戦死者の割合でいえば、ブリヤート共和国は28.4人でロシア全土で首位となり、続いてブリヤート共和国の西にあり、テュルク系のチベット仏教徒が多いトゥバ共和国(27.7人)などとなった。上位のほとんどは、少数民族が多く住むロシアの地方が占めていた。

 これに対し、首都モスクワの人口1万人あたりに占める戦死者の割合はわずか0.3人で、モスクワ州全体でも1.7人だった。ロシア第二の都市であるサンクトペテルブルクも1.4人で、モスクワとブリヤート共和国の死亡率は、実に100倍近い差がある。

 ブチャに駐留していたロシア軍の兵士らも、ブリヤート共和国やチェチェン共和国から来ていたことがわかっている。バハというまだ20歳の若年兵士は、「ウクライナに来なければ、殺されていた」と語っていた。彼もその名前から、少数民族の出身だと推察される。メディアなどの目が届かない辺境の地で、無理な動員が行われている実態が浮かび上がる。

 広大なロシアの国土の辺境にある地方都市は、経済的にも大都市の住民より困窮しており、当局による動員を避けることは容易ではない。さらに、これらの地方自治体には、中央政府から派遣された元官僚などがトップに座り、中央政府に忠誠心を見せることで昇進を狙う動きもあるとされ、動員が苛烈になるとの指摘もある。

 いずれにせよ、地方の若者を取り巻く環境との〝差〟をつけることで、モスクワ市民の不満のガス抜きがなされている側面が否めない。


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