「ロシアは生き抜くために戦っているんだ」
プーチン支持の声を上げる中高年層
徴兵という形で戦争に直接巻き込まれる可能性がある若年層は、ウクライナ侵攻への不安を強く感じていた。しかし、モスクワの街中で人々の意見を聞くと、むしろ声を大にして侵攻への支持を訴える世代があった。40代以上の中・高年層の人々だ。
「私は戦争に反対で、プーチン大統領を支持する。なぜならプーチン大統領は、戦争には反対だからだ!」
新緑が美しいモスクワ市内の公園で、娘とともに散策していたナターリアと名乗る60代前後の女性は、「この戦争についてどう思いますか?」との私の質問に、怒気を含んだ声でそう答えた。娘も、「まったく、その通りだ」という表情で母親にあいづちを打っていた。
ノートを手に彼女の説明を書きとろうとする私に、彼女は勢い込んで語った。
「わかっているのかい。2014年(ロシアがクリミアを併合し、ウクライナ東部で紛争が激化した年)からね、プーチン大統領は誰も侮辱してこなかった。しかしウクライナの特務機関には、どこにでも〝ナチス〟が侵入している」
ナターリアは、元警察官だという。職業柄でも、もともと政権寄りという部分はあっただろうが、彼女の意見はほかの同世代の人々とそう大きく変わってはいなかった。
彼女はさらに続けた。
「欧米はロシアの政権を交代させたいのだろうが、そのようなことは決して起きない。大統領は、これだけ支持されている。ロシアは今、〝生き抜く〟ための戦いをしているんだ」
彼女は、戦争行為に賛成しているのではないという。しかし、ロシアが生き延びるために〝やむなく〟戦争に打って出たプーチン大統領を支持するというのだ。さらに、ロシアが戦っている相手であるウクライナ軍は、ナチスと同類だという。
このような論理の組み立てで、彼女の心には「戦争には反対」しつつ、戦争をしたくないが、ロシアを守るために〝やむなく立ち上がった〟「プーチン大統領を支持する」という、現実的には大きく矛盾したふたつの事柄が併存していた。
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