発刊に際し、第二章『制裁下のモスクワへ』を、全6回の連載にて全文公開いたします。
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ウクライナ人を「彼らはずっと、ナチズムだった」とロシアの小学校教員が真顔で語ったように、多くのロシア人との会話の中で感じたのは、ウクライナ人に対する差別意識ともいえるゆがんだ認識だった。
そのような認識は、時に荒唐無稽としか言いようがないデマをロシア人に信じ込ませていた。
「ウクライナでは〝死んだロシア人の子供の肉〟っていう料理が、レストランで出されていたんだよ。テレビで見たから間違いない。本当に恐ろしい話だ……」
モスクワの日本企業で社用車を運転しているという70代のロシア人男性は、私が「ウクライナとの戦争について調べている」と説明すると、神妙な表情で語ってきた。
彼は本当に、その話を疑問にも思っていない様子だった。
彼の発言に根拠があるかを知人のロシア人の手も借りて入念に調べたが、何も見つからなかった。仮に男性が本当にテレビで見たのだとしても、その後インターネットのニュースにすらならない根拠のない情報だったということだ。そのような料理がまともに提供されるはずもなければ、一般の人々が受け入れる理由もない。
ロシアでは大衆紙やインターネット上で、ウクライナに対する理解に苦しむ批判が飛び交っているが、特にウクライナ人が非人道的であると強調する内容が多い。
戦時中、敵国の市民を人間扱いせずに〝鬼畜〟などとのイメージを刷り込むことは常に行われるが、多くのロシアの人々も、そのような情報に繰り返し触れるなか、次第に信じ込むようになっていると感じられた。それがまた、今回の戦争を多くのロシア人が実際に支持することの理由になっていた。
すべての始まりは貧困の1990年代
現在のウクライナは、欧米の傀儡国家である。そのウクライナは今、ナチスと同じ道を歩み始めている──。
プーチン大統領が主張するこのようなウクライナ像は、国際社会だけでなく、本来はウクライナ人と接する機会を持つ多くのロシア人にとっても、理解し難いものであるに違いない。
しかし、そのような主張が実際に多数のロシア人に受け入れられ、さらに年齢が高い層を中心に、国民の大多数が政権による軍事作戦を支持している。この事実は、ソ連崩壊からロシア人が置かれてきた社会の状況と、その変遷を見ると、理解ができると感じている。