2024年4月21日(日)

プーチンのロシア

2024年3月4日

2024年3月20日、黒川信雄著『空爆と制裁 元モスクワ特派員が見た戦時下のキーウとモスクワ』(ウェッジ)が発刊されます。産経新聞元モスクワ特派員の筆者が、開戦後のウクライナとロシア双方に渡り、人々の本音に迫ったノンフィクションです。
発刊に際し、第二章『制裁下のモスクワへ』を、全6回の連載にて全文公開いたします。
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連載第1回はこちらから

 私は1990年代にモスクワの大学で約11カ月間、ロシア語の語学研修を受けた経験を持つ。その大学に通っていたロシア人の学部生らとは、今も友人関係にある。

 ソ連崩壊後の経済混乱や、プーチン政権の抑圧的な政策に嫌気が差した大半の友人らは、今回の侵攻のはるか以前にロシアを離れ、ヨーロッパで結婚生活を送ったり、ビジネスを営んだりしているが、ロシアにとどまり続けてビジネスを営む友人もいる。

 いったい、彼は今回の事態をどう思っているのか。どうしても知りたく、コンタクトをとると、急な申し出にもかかわらず、時間を割いて私の宿舎近くのレストランまで来てくれた。

「急な話なのに悪いな。時間を割いてくれてありがとう!」となつかしさも込めて声をかけたが、彼はひとりでは来なかった。私には面識がない、同年代の男とふたりで来たのだ。

 レストランの2階に席をとった。挨拶をすると、男性は「軍事ジャーナリストへのコンサルティング業」を営んでいると明かした。「本当に、そんな仕事があるのか?」という思いに駆られたが、友人は現在の戦争をめぐる状況を正確に伝えたいと思い、その男性を連れて来たのだという。友人がプーチン政権を強く支持している事実は知っていた。

 しかし、その男性の話の内容は、私の想像を超えた陰謀論の数々だった。

 男性はこう切り出した。「知っているかい。(住民が虐殺されたウクライナ北部)ブチャの映像はね、いわば〝ポルノ〟なんだよ。すべて、作り話なんだ」

 愕然とした思いに駆られた私をよそに、彼は言葉を続けた。「ブチャの映像は、ロシア側の占領地ではなかった場所で撮影されたものなんだ。ウクライナでは、アメリカの専門組織が活動している。いわば、情報戦の専門部隊だ。(ブチャの映像など)すべての情報の拡散を計画、実行している」

「(イギリスを拠点とする、インターネット上の軍事情報分析を手掛ける民間組織)べリングキャットなどもそうだ。彼らは、4つの戦略で情報拡散の戦略を構築している。それはつまり、対ロシア、ウクライナ、ヨーロッパ、その他の国々の、4種類だ」

 慣れた口調で話し続ける男性に続いて、友人が「私にも言わせてくれ」と言わんばかりに、口を挟んできた。

「ロシア軍の戦車にZ(ゼット)マークが描かれているのは知っているだろう。ある時、Zマークを付けた戦車がウクライナの街の通りを撃ったんだ。しかし、その戦車には海外のジャーナリストらが乗っていて、彼らはそこで写真を撮っていったんだ」

 ウクライナ側が、ロシア軍の戦車を偽装して街中を攻撃して、その様子をあえて撮影することで、フェイクニュースを作っているとの主張だった。私は日本、またヨーロッパのメディア機関でも勤務した経験を持つが、そんなことが起きることは100%あり得ない。

 聞くに堪えない内容だったが、男性は話を続けた。「(アメリカの富豪が創設した)ソロス財団や、アメリカ政府の傘下にある財団が、背後にいる。ロイター通信や、(ロシアに批判的な主張を展開する)メデューザ、エホ・モスクブイ(モスクワのこだま)もそうだ」と断じてみせた。

 友人が再び口を開いた。「ウクライナ人は、例えば近隣で火事が起きても、〝私の家は離れているから大丈夫〟と考える(火災にあった隣人を助けようとはしない)メンタリティを持っている。つまり、ウクライナ中部、西部の人間は、東部のことは何も考えない。これに対し、ロシア人はすべて、ウクライナ人の親戚がいる。日本なら、東京と大阪程度の違いしかない」。ウクライナ人に対する、激しい憎悪が感じられた。

 彼は、自分の私財を使って繰り返し、ウクライナ東部に支援物資を送っていた。その活動において、ウクライナ軍のロケット砲が自分の車のすぐ近くに着弾した経験も教えてくれた。彼が義憤に駆られる気持ちはわかったが、それ以前に「外国」の土地であるウクライナ東部に入るという行為に何ら問題を感じていないことに、困惑せざるを得なかった。


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