2024年11月22日(金)

プーチンのロシア

2024年3月3日

「ウクライナはナチス」と信じて疑わない
ロシアの小学校の教員

 東部紛争とはどのようなものだったのか。その始まりは、プーチン大統領がクリミア併合を宣言した直後の2014年4月初旬にまでさかのぼる。

 ロシアとの国境に接するウクライナ東部のドンバス地方では、「親ロシア派武装勢力」と呼ばれる身元不詳の武装集団らがドネツク州などの行政庁舎を次々と占拠し、それを排除しようとしたウクライナ政府軍との間で、戦闘が激化していった。親ロシア派武装勢力は5月には、東部のドネツク、ルハンシク両州で「独立」をめぐる住民投票を実施するなど、両州をウクライナから引き離そうとする動きを強めていった。

 激しい戦闘が続いていたが、当初は親ロシア派の勢いは弱く、ウクライナ政府軍が制圧するとの見方が強まっていた。

 しかし8月、今度は親ロシア派が大規模な反転攻勢に打って出る。親ロシア派は突然、ロシア軍も装備する戦車などで高度に武装してウクライナ軍を撃破していった。この時点で、ロシア軍が実質的に親ロシア派を支援していることは疑いようがなくなっていたが、ロシア側はあくまでも「ウクライナの住民が蜂起した」との主張を曲げなかった。

 2015年2月にはようやく、ベラルーシの首都ミンスクでウクライナ、ドイツ、フランス、ロシアの首脳が和平合意をまとめたが、実際にはその後も戦闘は繰り返された。そのような状況が8年間も続いていたのだ。

 私がモスクワ特派員を務めていた2014年以降、ロシアの国営メディアでは、「東部住民がウクライナ政府により抑圧されている」との報道が繰り返し行われてきた。実際に国土を侵略されたのはウクライナ側だったが、双方の戦闘が激化すれば現地に住む民間人が巻き込まれるのは必然だった。

 ロシア国内では、あくまでも〝東部ではウクライナ国民が政権に反旗を翻して蜂起した〟との立場で物事が語られており、ウクライナ軍は〝自国民を攻撃する非道な軍隊であり、ナチスと同等〟と位置付けられた。

「そこにあるナチズム」展では、住民が戦闘に巻き込まれた凄惨な写真や彼らの遺品、さらにロシアが「ナチス思想を持っている」と主張するウクライナの軍事組織「アゾフ大隊」の旗や資料などが置かれていた。

 展示ではまた、ウクライナ国内の一部の勢力が第二次世界大戦中に「ナチス・ドイツに協力した」と指摘し、それ以降、ウクライナにはナチズムが浸透したと主張。そして2014年には、〝ナチス〟の影響下にある政権が登場し、東部住民が厳しい抑圧にさらされることになった──というストーリーが展開されていた。

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 展示会場には、戦闘に巻き込まれた公園のブランコが置かれ、天井からは、子供が亡くなったことを思わせる、小さな天使の紙細工がいくつも吊り下げられていた。〝ウクライナ軍の非道さ〟を繰り返し強調する内容だった。

 展示場を出て、ベンチに座っている女性に声をかけた。モスクワの南東にあるリャザン市から児童らを引率して来たという、小学校の先生だった。

「本当に、あの展示のようなことが起きているのでしょうか」と尋ねると、彼女は痛切な表情を浮かべ、私に言った。

「見ていて、本当につらいです。私たちには第二次世界大戦の記憶があります。あのころを繰り返しているような気持ちになるのです。子供たちには、まだわからないでしょうが」

 そして神妙な表情を浮かべつつ、こう断言した。

「ウクライナにはナチズムが広がっています。彼らは第二次世界大戦以降、ずっとナチスだったのです」

[第4回「ブチャはフェイクだ」陰謀論に染まったロシア人の30年来の友人、彼とともに現れた〝特務機関員〟らしき男……ロシア社会が「ウクライナ=ナチス」論を受容する背景とは(3月4日公開)へ続く]

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