以前は例年ゆうに4000万人を超えていた視聴者数が近年2000万人にも届かないほど低迷していることに主催者側は憂慮していたことは事実である。ただ、前年受賞者以外にも壇上にプレゼンターがいた例もあり、真実のほどはわからない。
火消し対応にも波紋
その後、物議を醸したことに気が付いた関係者は火消しに走った。ロバート・ダウニーjrは、キー・ホイ・クァンと仲良く映っている写真をX(旧Twitter)でポスト(ツイート)し、エマ・ストーンも同様にミシェルと喜びを分かち合っている写真を公表した。ミシェルは、インスタグラムにエマが親友のジェニファー・ローレンスからオスカー像を受け取りたかったのはわかっていたから、自分からオスカー像をローレンスにわたしただけで、誤解を生じさせたのは自分であるとエマ・ストーンを擁護する内容を投稿した。授賞式でのぎこちないふるまいは、受賞に舞い上がった受賞者とプレゼンターによる勘違いによるものであったとしてことは収まるかに見えた。
ところが、アカデミー賞授賞式の人種差別を批判する人々の矛先は、先のコメントを発表したミッシェル・ヨーにまで向かった。人種差別をされたのに、それに対して批判せず、差別的な白人側に媚びるようなコメントしたのはけしからんというのである。これには米国におけるアジア系差別の長い歴史が関係している。
白人による黒人に対する苛烈な人種差別の国である米国へ移民したアジア系は、米国社会に出来るだけ早く溶け込むにあたって、支配者であった白人による人種差別を殊更問題化しないことを選んだ。自分たちが差別されても声を上げることはせず、黒人など他の非白人が差別されても見て見ぬふりをしたのである。
「モデルマイノリティ」への批判
このような姿勢は白人の側には都合がよかった。白人にたて突かず、非白人同士で争っていてくれれば、白人の優位は揺るがないからである。こうしてアジア系は米国社会に受け入れられていき、「モデルマイノリティ」、すなわち模範的少数者と呼ばれた。だがこれは誉め言葉ではなかった。
米国社会から弾き出されないですむ一方、軽く見られるということを意味していた。今回のアカデミー賞授賞式での出来事に対して、同じことを黒人俳優に対してやったらただでは済まなかっただろうというコメントが見られたのにはそのような背景があった。
コロナ禍において余りに酷いアジアン・ヘイトの嵐が巻き起こる中、アジア系もモデルマイノリティのままでいるべきではないという主張が強まった。そのような中、俳優のダニエル・デイ・キムとダニエル・ウーが、犯人の見つかっていないアジアン・ヘイト事件について懸賞金を提供し、アジアン・ヘイト撲滅を訴えた。それまでハリウッドのアジア系俳優が、差別に対して声を上げることは極めてまれであった。
白人が支配的なハリウッドにおいて、差別に声を上げた俳優は扱いづらいとみなされ、次の役がもらえなくなるとされていたからである。しかし、そのような姿勢を続けていてはいつまでも差別がなくならないと考えた二人は、職を失う危険を冒して声を上げたのであった。そのような中でのミシェル・ヨーの今回のコメントであった。