2024年11月22日(金)

2024年米大統領選挙への道

2024年5月19日

苦しい立場に置かれたトランプ

 トランプ前大統領の人工妊娠中絶問題に対する立場は、科学的見地や宗教的信念に基づいたものではなく、政治的であると見られている。四半世紀前に彼は政治番組で、「私は人工妊娠中絶容認派だ」(1999年米NBCニュース)と述べたが、16年米大統領選挙では、キリスト教福音派の票を狙い、人工妊娠中絶禁止の連邦法の案に賛成し、「人工妊娠中絶をした女性は罰せられるべきだ」とかなり強硬な発言をした。“罰する”とは、宗教的な意味合いや社会的制裁の意味合いを超えて、本人やそれに関わった医療従事者も刑罰に服するという意味である。

 今回の米大統領選挙では、トランプ前大統領は集会で、自分が米連邦最高裁に任命した3人の保守系判事が賛成して、人工妊娠中絶容認の権利が覆ったのだと、自分の「手柄」として繰り返し強調する。同時に、連邦法で人工妊娠中絶を禁止するのではなく、各州の判断に任せるべきだとも述べる。16年と比べると、トランプ氏は有権者向けにメッセージを変えたのである。

 米紙ワシントン・ポスト(電子版)は、この発言に対して、「ライブ・アクション(Live Action)」のような人工妊娠中絶反対を強く訴える団体や活動家は、「トランプは反中絶の候補ではない」と同前大統領を批判していると報じた。

 トランプ前大統領は、中絶薬に関しても明確な態度を示していない。保守系シンクタンクのヘリテージ財団が進める「プロジェクト2025」が行った中絶薬の規制強化や認可取り消しの提案についてコメントを避けている。また、中絶薬の郵送を禁止したコムストック法に関しても立場を明らかにしていない。それは、人工妊娠中絶容認の共和党穏健派の票を獲得しようとしているからだ。

 ただ、トランプ前大統領は支持基盤である人工妊娠中絶反対の団体や活動家からの支持も失わないために、4月30日発行の米タイム誌のインタビューの中では、人工妊娠中絶をした女性を罰することや、各州が妊娠した女性を監視することに賛成した。このようにして、人工妊娠中絶を禁止する連邦法制定の必要性を主張する保守派に対して配慮を示すことも忘れていない。

 以上述べたように、トランプ前大統領は人工妊娠中絶に対して、一貫して否定する意見を述べてきた訳ではない。殊に、中絶薬については明言を避け、中絶反対についても、厳格な禁止から緩やかな反対まで動いている。

 その主たる理由は、穏健派、特にトランプ前大統領と共和党予備選挙で戦ったヘイリー元国連大使の支持者で、人工妊娠中絶容認の支持者をバイデン大統領に奪われることを阻止することである。バイデン陣営は、ヘイリー元国連大使の支持者で、人工妊娠中絶容認派の票を獲得すれば、勝機を見出すことができると計算しているからである。

 実際、バイデン陣営は、20年の米大統領選挙でトランプ前大統領に投票したが、今回の選挙では彼に投票しない人工妊娠中絶容認派のヘイリー支持者を一本釣りするために、共和党予備選挙でヘイリー元国連大使がトランプ氏に勝利した選挙区に相当の選挙資金を投じている。

 他にも、トランプ前大統領は、予備選挙では右寄りの立場をとって戦い、本選では中道にシフトするという、いわゆる大統領選挙のセオリーに従ったと言える。本選において、無党派層の票が勝敗を左右するからである。
 
 トランプ前大統領のこれらの一連の行動は、彼が保守派と穏健派の双方の票を必要としているために、人工妊娠中絶の問題で、明確な立場を示せないという弱さを浮き彫りにした。

女性の選択と自由の権利

 上で述べたトランプ前大統領のコメントに対して、カマラ・ハリス副大統領は、妊娠6週目以後の人工妊娠中絶を禁止する法案を5月1日から施行した南部フロリダ州で演説を行い、政府が人工妊娠中絶をすべきか否かを命令するべきではないと、女性支持者に訴えた。中絶は政府ではなく、本人や医者の判断によると言うのだ。

 また、仮に第2次トランプ政権が発足した場合、人工妊娠中絶禁止の政策が強化され、中絶に関して選択の自由が制限されると声を大にしてアピールした。さらに、ハリス氏は、「トランプは女性を信頼していない」と強調し、支持者から拍手喝采を浴びた。

 バイデン大統領も演説の際、人工妊娠中絶について、「皆さんは、お母さんやお祖母さんよりも、権利が制限されている」と、有権者に訴える。バイデン大統領は、秋の選挙で連邦下院で多数派を奪還し、連邦上院で多数派を維持すれば、人工妊娠中絶容認の連邦法を成立させることができると続ける。この主張は、“侵害”された権利の事実上の回復を可能とするものであり、殊に女性有権者には響くものがあるだろう。

 バイデン大統領とハリス副大統領は、人工妊娠中絶を、女性の選択と自由の権利として論じ、民主党リベラル派、穏健派から保守派の女性までも含めて自陣に取り込もうとしている。バイデン大統領とハリス副大統領の個人の権利や価値観に訴えた議論は、トランプ前大統領の一貫性のない議論よりもはるかに効果的であろう。

 人工妊娠中絶の議論で、トランプ前大統領は明らかに守勢に回っている。経済とインフレの支持率でトランプ前大統領にリードを許しているバイデン大統領とハリス副大統領だが、彼らは人工妊娠中絶問題を、トランプ氏を2回破る最重要争点として位置づけ、「譲れない争点」で活路を見出して再選を目指しているのだ。

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