住民投票と人工妊娠中絶
米国の選挙制度で、日本と大きく異なっている点の一つに、「長い投票用紙」がある。選挙の際には長い投票用紙に、大統領候補、上院議員候補、下院議員候補と並んで、上位裁判所の判事などの名前が多数並んでいる。加えて、住民投票に関わるような事案があれば、それについても同じ投票用紙に載せられ、賛否が問われる。
今年11月5日の米大統領選挙で、人工妊娠中絶に関する住民投票がいくつかの州で行われた場合、バイデン大統領の追い風になるかもしれない。
エコノミストとユーガブの全国共同世論調査(前述)によれば、バイデン大統領に投票すると意思表示した有権者に限定して、「投票用紙に人工妊娠中絶に関する質問があるとしたら投票に行くか」と尋ねたところ、36%が「行く」と回答した。トランプ前大統領に投票すると意思表示した有権者に限定して同じ質問をしたところ、16ポイント低かった。トランプ支持者と比べると、人工妊娠中絶に関する住民投票は、バイデン支持者のモチベーターになることが分かる。
また、同調査では、「11月の選挙で投票用紙に人工妊娠中絶に関する質問があるとしたら、中絶の権利擁護に投票するか」との質問に、45%の無党派層が「投票する」と回答した。逆に、「人工妊娠中絶規制に投票する」と答えた無党派層は19%で、26ポイントも下回る。
共和党支持者をみてみると、人工妊娠中絶に関する住民投票が実施された場合、中絶規制に投票すると回答した者は54%に上ったが、20%は中絶の権利擁護に投票すると答えた。この20%は、バイデン陣営の得票拡大の可能性を多いに高める数字だ。
バイデン陣営では、支持者を対象に運動員育成のプログラムを実施しているが、その一環としてのトレーニングが3月上旬から5月にかけてオンラインで行われた。筆者は、全3回のトレーニングに参加した。
1回のトレーングは60分で、その中で民主党全国委員会や激戦州ノースカロライナ州などのトレーニング専門のスタッフが、効果的なコミュニケーションの仕方について教えた。その際、事例として取り上げられたのは、経済やインフレ、移民問題ではなく、人工妊娠中絶問題であった。
このことからしても、バイデン陣営は人工妊娠中絶問題を切り札になるとみていることが分かる。実際に、切り札とするには、この問題を主要な争点に押し上げていく必要がある。調査会社イプソスの全国世論調査(24年5月6日発表)では、どの大統領候補に投票をするのか決める際に重要な争点として、1位が経済、2位がインフレで、人工妊娠中絶問題は9位であったからだ。
そして、バイデン陣営は11月5日の投開票日まで、争点化した中絶問題を維持していくことが不可欠だ。
このトレーニングを受けた支持者が運動員となり、地上戦に参加し、彼らが、これから本格的に中西部ウィスコンシン州、ミシガン州や南部ノースカロライナ州を含めた激戦7州で戸別訪問や電話による支援要請を行うだろう。また、共和党予備選挙でニッキー・ヘイリー元国連大使がトランプ前大統領に勝利ないし善戦した選挙区を狙って、同様の選挙活動を行うとみられる。